Weak,Weak,Weak,Critical 02

 ルーク先輩と付き合い始めて二月が経ったが、先輩は実に良い彼氏である。
 先輩は副寮長の立場上忙しいだろうし、推し活にも積極的だし、こちらの都合で無理に交際してもらっているようなものだ。なので恋人らしい振る舞いは望むべきではないだろうと思っていたが、そんなことはなかった。
 最も期待していた獣人達の奇行を抑えてくれるのはもちろん、小まめにデートに誘ってくれたり、プレゼントしてくれたり。私のことをとても大切にしてくれている。
 以前、正直に、気遣ってくれて嬉しいけど自分は(主に金欠が原因で)先輩に同じだけのものを返せないからと、もっと私じゃなくて先輩自身の為に時間やら労力を使ってほしいと遠慮してみたのだ。だが私がしたくてしていると押し切られた。親切がすぎる。
 先輩がそう言うならと早々に説得は諦めた。先輩もこの学園の生徒だけあって押しが強いというか、頑固なのだ。先輩本人が納得しているなら私にはどうしようもない。なので、そのまま先輩の善意に甘えさせてもらっている。

くん、どうだろう。楽しめたかい?」
「はい! いやーすごいですね、オペラって。まだ興奮で手が震えてます」
「ふふっ、その初々しい反応、実にボーテ! 何度も見ている好きな作品なんだ、だからくんが気に入ってくれて嬉しいよ」

 私は元の世界にいた時、コンサートや観劇をよく見に行っていた。推してたアイドルや役者がたくさんいたから、というのもある。
 けれど全く詳しくはないが、単純に古典音楽や芸術も好きで、その関係でクラシックのコンサートや美術館にもよく足を運んでいたのだ。あとそういうのって大体学割が効くんだよね。
 だがオペラは興味があったものの、なんとなく敷居が高い気がして尻込みしていた。ドレスコードとか一般家庭の女子中学生には難しすぎる(ルーク先輩から聞いた話によると、実際には殆どのオペラにはないらしいけど)
 と、そんな話をしたところ、先輩が今回のデートでオペラに連れて行ってくれたのだ。

 初めてならマチネの通常公演で、わかりやすくも深みもあり華やかな作品にしよう。服装は上品かつ締め付けのないオールインワンドレスを。拍手のタイミングなど鑑賞時のマナーについても伝えておこうか。
 と、作品選びに始まり、当日の衣装の傾向とレンタル、事前に必要な知識まで何から何まで先輩のお世話になってしまった。なおどんな初心者丸出しな質問にも教えてくれたのに、チケット代については黙秘を貫かれたままである。
 一応、会員価格でランクの低い席だから手頃な価格だったよとは言っていたけど……。それでも学生にはキツいんじゃないかなあ。
 だけど先輩は相変わらずビタ一文、返させてくれないんだよね。助かるけど、若干心苦しい。
 いっそ、なら代金は体でもらって払おうかゲヘヘと言われた方が気が楽だ。嘘、そんなルーク先輩解釈違いがすぎる。優しいミステリアスお兄さんの腹黒変態化地雷です!!
 とふざけてみたけど、一ミリもそんな気配ないとはいえ、先輩に体を求められた時、私は断るんだろうか。……たぶんだけど断らない気がする。
 え、いや、なんで? ミーハーとはいえ、私そんな軽い女だっけ? 自分でも自分がわからない。でもルーク先輩なら、嫌がる自分が想像できないんだよな。まあひとまず後で考えるか。

 とりあえず、こうなったら私にできることは先輩が用意してくれたこの機会をめっちゃ楽しむことだけだな。
 そう結論を出した私は、じっくり全力で講演を堪能してきた。おかげでコンサート会場から出て、先輩と歩いている今も興奮が冷めやらないまま。
 歩きながらひたすら語り合う。どの歌が好きだったとか、ストーリーのこの部分が感動的だったとか、あの演出が素晴らしかったとか。私の返答は先輩のような美しい言葉ではないけれど、精一杯述べた感想に彼はしっかり耳を傾けてくれていた。
 こんなありふれた拙い感想では相手していて退屈じゃないんだろうか……違うんだろうな。そう確信させるほど、先輩の眼差しは優しい。
 先輩は私の決して高尚ではない精一杯にも美しさを見出してくれているんだろう。私は先輩のそういったところが好きだと改めて思う。

「えっ、あの出演者さん、私の好きな男優さんとご兄弟なんですか?!」
「そうだよ。輝く場所は異なるけれど、二人とも素晴らしい演技をするだろう?」
「通りでビビビッときたわけだ……本当に目を奪われますね、あの二人。そして顔もすごく良い……!」
「……くんは彼らのような顔立ちに惹かれるのかい?」

 とある出演者さんの話で盛り上がっていたところ、先輩が静かに問いかけてきた。語り合う上で時折、質問が飛ぶのは普通の事だ。これまでだって何度もそういったやりとりを重ねてきている。
 でもなんだろう。尋ねてきた先輩はいつも通りの、よく見る表情のはずなのに、なんだか雰囲気が違う気がする。
 違和感を感じつつも、とりあえず先輩の質問について考える。
 私は整ってたらなんでも好きだけど、先輩とは大きく異なる雄々しさ全振りのああいった顔も好きだ。でも結局のところは……。

「そうですね。でも一番好きなのはルーク先輩なんですよね」

 ガシャンと足下で大きな音が立つ。びくっとなりながら音のした方へ視線を向ければ、先輩の鞄が落ちていた。
 おそらく音の原因は私の為に用意してくれていたオペラグラスだろう。使わせてもらった時から思うにアレは高価な壊れ物で。サーッと血の気が引いていくのがわかる。

「ああ、驚かせてごめんよ。手が滑ってしまった」
「お、オペラグラスが……」
「大丈夫だよ、くん。保護魔法の付いたケースに入っていたからね。ほら、この通り傷一つないだろう?」
「ホントだ……良かったぁ」

 先輩が鞄を探り、ケースを取り出す。その中から現れたオペラグラスは先輩の言うとおり無傷で。ほっと胸をなで下ろす。
 クラッチバックってオシャレだけど、こういうことあるから怖いよなあ。うーんとちょっと考えて、先輩が鞄を持ち直した手に自分の手を添える。

「ト、トリックスター?」
「こうしたらまた落とすことないかなと思いまして。んー、でも歩きにくいか」

 先輩からしても邪魔だと感じたのだろう。なんとなく戸惑っているように見えたので、すぐに支えるのをやめる。
 ハンドバックなら先輩が持ってる手を上から包むように握ればいけるんだけどな。いやそれも難しいか、先輩の手大きいし。
 あれ、そういえば……先輩と手を繋いだことってあったっけ。手袋越しでもなかった気がする。先輩、あんまりスキンシップ好きじゃないのかな。普段の様子を見てるとそんな感じはしないんだけど。よし、試しに今度一回頼んでみるか。
 色々企んだ後、私は澄ました顔でいけしゃあしゃあと「何でもないですよ」と誤魔化して、デートの続きに集中するのだった。

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