私のマシェリ、お手をどうぞ

「私を舞踏会のパートナーに、ですか?」
「ウィ。トリックスター、どうかキミの力を貸してもらえないだろうか」

 ある日、ルーク先輩からポムフィオーレ寮へ招待された私は彼より思わぬお願いをされていた。
 ルーク先輩にお誘いされた、そのポムフィオーレ寮のOBで主催されるパーティは本来、歴代の寮長が参加するものらしい。
 けれど今回はトラブルで招待状が届くのが遅くなってしまい、ヴィル先輩がスケジュールが調整できなかった。
 そこで副寮長であるルーク先輩に白羽の矢が立ったとの事だった。
 そして私がパートナーに誘われた理由だが、この学園でたった一人の女子生徒だからではない。
 舞踏会はパーティの中でも格式が高い事が多く、未経験者を一月で舞踏会に参加できるレベルに仕立て上げるのは困難である。
 それなら専門の業者にお金を払って人材を派遣してもらう方がいい。
 ただ私は父が外交官で、元の世界に居た頃は海外で過ごしていた時期がある。また父と共に幾度となく色んな形式のパーティに参加してきた。
 欧米の場合よくパーティが開催されるのだが、パートナーは当然ながら、家族同伴での参加を推奨されていることも多い。
 そういった事情で私はパーティ慣れしており、また舞踏会に参加した経験も少なくなかった。
 その事について、私はルーク先輩に話している。
 だからルーク先輩は私にパートナーを頼んでいるのだろう。
 密かに想いを寄せている彼からのお願いだ。できることなら力になりたいのだが……。

「すみません、オンボロ寮の財政だとドレスコードが守れそうになくて……」

 舞踏会は踊ることがメインだから、汗で汚れたりする関係で、そこまで高いドレスを身に付けることはない。むしろ高価すぎると逆にマナー違反になる。
 でもポムフィオーレのOBが主催となれば、かなり美意識が高いはずだ。下手な衣装ではルーク先輩の顔に泥を塗ることになるだろう。
 そうでなくても、もやしと豆苗とお買い得品で日々を凌いでいる私にはドレスなんて夢のまた夢である。

「ノンノン。トリックスターに負担をかけるつもりはないよ。必要経費はポムフィオーレ寮から出すさ。これは我が寮の問題だからね」
「本当ですか! それならぜひとも承ります」
「メルシイ! では早速、準備を始めよう!」

 え、と口にした途端、控えていたらしい他の寮生が採寸道具やらを持って登場する。
 驚いている私の前にバインダーがペンと共に差し出された。
 挟まれていた紙は契約書で、要約すると『ここで得た情報は今回のドレスの作成および体型維持のサポート以外では使用しない、契約期間が終了次第、破棄する』というものだった。
 あと契約を破った時の条件が、かなりエグイのが彼らの本気具合を語っていた。
 私はドレスを用意してもらう以上はしょうがないと割り切っているとはいえ、女性の体のサイズは人によっては知られたくないものだろうし、それはわかるんだけども……。

「あの、既製品じゃないんですか……?」
「フルオーダーとなると難しいけど、セミオーダーなら一月あれば充分ですよ」
「安心してほしい。彼の縫製の腕はヴィルが認めるほどだからね」
「やっとルーク先輩に借りを返す機会ですし、存分に腕を振るいますよ」

 嬉しそうにする裁縫担当と思われる生徒は見るからにやる気で満ちていた。
 その熱意に気圧されるままサインする。
 そこからは怒濤の展開だった。
 まずは裁縫担当の方と二人きりで採寸。
 その次は色彩検定とカラーコーディネーターの資格を持った先輩によるパーソナルカラー診断。
 今度はルーク先輩を含めて(男性の衣装は女性のドレスに合わせて選ぶ事が多いからだろう)のデザイン選び……などなど。
 件のパーティはよほど重要なものらしい。
 そこからパーティまでの一ヶ月、私はポムフィオーレ寮で寝泊まりすることになった。
 オーダードレスは太るのはもちろん、痩せるのも問題だから。下手に手直しするより、最初から体型を保つ方がドレスのラインが崩れずに済む。
 そういったわけで食事に始まり、美容ケア、ダンス含む様々なレッスンなどポムフィオーレ寮をあげて協力してくれて。
 なおその間、グリムはヴィル先輩によってサバナクローに預かってもらい、オンボロ寮の保全はツノ太郎が私の頼みで受け持ってくれた。
 あっという間に日々は過ぎていき、そうして迎えた舞踏会当日。

くん。随分緊張してるみたいだけれど、大丈夫かい?」

 一曲目が始まる前にルーク先輩に連れられて主催者への挨拶を終えたわけだが、その時の視線を思い出した私はポンコツと化していた。
 別に厳しい目を向けられたわけではなく、むしろ優しい眼差しだった。
 それに一応、ドレスが決まった時点でこんな風に思われるかもしれない事は予測していたのに。
 黒の燕尾服を着こなすルーク先輩は私と違ってどこまでも優雅だ。
 私が今宵、身に纏っているのは明るい黄色のイブニングドレス、それからダークグリーンの石が付いた首飾りだった。
 時代と共に上流階級の社交場へと変化していったが、舞踏会とは本来、独身の男女が未来のパートナーを見つける為のイベントである。
 これは元の世界の古い貴族の話なのだけれど、そういった理由から婚約中や既婚女性は勘違いされないよう、ドレスやアクセサリーにパートナーの色を纏う風習があったらしい。
 そして偶然にも、この世界ではその風習が現在も残っているようで。
 まあそのつまり、今の私はルーク先輩の婚約者だと思われている訳だ。
 確かに私の肌には彼の色が合うんだけども!
 異論は唱えたが「何も言わないでいい、わかってる」と表情で伝えてきた裁縫担当は断固として譲らなかった。何もわかってない。
 そういったわけで私はこの通り動揺しまくっているのである。舞踏会のパートナーに選ばれただけでもアレなのに、これ以上勘違いするような真似をしないでほしい。
 ぐるぐると混乱している間にダンスフロアへの移動を終える。ちょうど曲が始まって形式に則り、一番地位の高い男女が踊り出した。

くん、キミのファーストダンスの相手を務める栄光を私にもらえないかい」
「はい。ぜひともよろしくお願いします」

 舞踏会で初めて踊るという意味でもあるが、ファーストダンスは一般的には新郎新婦が披露宴で踊る事を示す言葉だ。
 だからまたドキッとしてしまったけど、平静を装って先輩の手を取る。
 練習の時から思っていたが、先輩のリードはとても踊りやすい。
 もちろん技術も必要だけれど、社交ダンスはパートナーとの相性が大きく影響する。
 先輩とは初めて踊った時から呼吸が合っていたし、彼の腰を抱く手はしっくりきていた。
 ただでさえ好きな人と踊っているのに、更に自然と肌が触れ合うせいで、私はずっとドキドキし続けている。
 先輩が嗅覚が優れているのは知っているけれど、聴覚は普通であってほしい。こんな心音を聞かれたら私の恋心なんて筒抜けだろうから。

「そういえばくん、舞踏会では不倫が流行するという話は知っているかい?」
「ええ、密着具合や華やかな雰囲気のせいで、恋愛感情が生まれやすいらしいですね」

 四曲続けて踊るのはマナー違反だから、この曲が終わったら他の誰かと踊る必要がある。
 できることなら壁の花は避けたいけど、どうなることやら。
 そう考えて耳にアウトロが入った頃、それまで私のドレス姿を褒め続けていた先輩はふと思い出したようにそれを口にした。
 父から聞いた話をそっくりそのまま返せば、先輩が頭を下げる。
 私の耳元に唇を持ってくるようにして、先輩は。

「どうか他の男に心許さないでおくれ。最後まで私の色のままでいてほしい」
「え」
「ああ、曲が終わってしまったね。では、ラストダンスでまた会おう」

 スマートに視界から先輩は消えていく。
 彼が立ち去った後、ポムフィオーレ寮のメイクおよび衣装係の渾身の出来だけあって、早々に他の男性からのお誘いが訪れた。
 よっぽどの理由がない限り、承諾するのが女性側のマナーだ。
 だから四曲目のステップを男性と共に刻みながら考える。
 ラストダンス、それはパートナーと踊るもの。
 今の時代じゃ当然のことだからこそ敢えて言う必要がない、だから彼は別の意味で言っていたのだろう。
 昔、結婚相手を見つけるための時代、パートナーがカップルじゃないなら。
 ——ラストダンスは意中の相手と踊るものだ。

「すみません、少し疲れてしまったみたいでお暇しますね。ありがとうございました」

 二曲踊り終えたところで相手に断りを入れ、ダンスフロアから抜ける。この胸の高鳴りは踊り続けたせいだけではないのだろう。
 壁際まで行った私は近くにいたウェイトレスからグラスをもらって、中身を喉へと送り込んだ。
 冷たい果実水が熱くなった体にはちょうどいい。でも顔のほてりはまだ冷めそうになくて。
 もう一度グラスに口を付けながら、私はラストダンスまでの曲数を数えていた。

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