腹が膨らみゃ嫉妬もできぬ
「王族であるマレウス先輩の舌は肥えていそうだ。彼を満足させる料理を作るのはきっと、至難の業だな……」
「んーそうでもないですよ。ツノ太郎曰く『料理として認識できる味なら問題ない』って言ってましたし」
学園のキッチン、具材はマスターシェフの時と同じ条件。変わったのはボクの手際と指導者が監督生であること。これで放課後、彼女に特訓に付き合ってもらうのも五回目になる。
それでなお今回も平凡にできあがったロールキャベツを前にぼやく。見た目は最初に比べて随分マシになったが、味はまだまだだ。
精進しなければと意気込むボクに、味見を終えた監督生はすかさず彼女なりの慰めを添えてくれた。
いつもより低い声で彼のセリフを再現したのはおそらくマレウス先輩の真似なのだろう。
うん、全然似てないね。エースのやたら上手いものまねを見てるせいか、ボクの判断能力は一瞬でそう切り捨てた。ただ最近になって見せてくれるようになった、その気安さがちょっと可愛いなとも思う。
「私の和食も毎回バクバクと、それでいてすごい上品に全部食べてくれますしね」
「……そうなんだね」
それはキミが料理上手な上に、マレウス先輩と友人だからじゃないかい?
事実ボクはマスターシェフの審査でマレウス先輩を落胆させてしまったし。だから今こうしてリベンジの為にもキミに特訓してもらっているわけで。
あとキミわかってないけど、マレウス先輩、キミにすごく甘いよ。
そんな風に思っていた最中に、はたとあることに気付く。
毎回? ということはこれまで何度もマレウス先輩はキミの料理を味わっているのかい。
機嫌が悪い方に傾くのがわかる。でも、どうにか平静を保てるように努めた。
「ところで和食ってなんだい?」
「私の故郷の料理です。ツノ太郎が随分気に入ってるので、グリムと三人でよく食べるんです」
こめかみが引きつる。ボクはキミの料理を一度も食べたことがないのに。
エースやデュースはまだ我慢できる。ボクにとって彼らは可愛い後輩で、キミにとっては特に親しい友人のようだから。それでも少し羨ましいのに。
マレウス先輩だとすっごく嫌だ。彼にはもう二度と食べさせないでほしい。そう思ってもただの先輩であるボクには止める権利がなくて、そのことがひどく頭にきた。
ボクがキミに料理の指南を頼んだのはキミが料理上手だとエース達から聞いていたのもある。
いつも勉強を見ているボクに頼られたのが嬉しかったのか、まかせてください!と胸を叩いたキミは知らないだろう。
そうやって一つ返事でニコニコしていたキミにボクがドキドキしていたことも、ボクもキミの料理が食べたいからキミに頼んだことも。
ボクの性格からして後輩に頼るなんて変だと思わなかったのかい。年上で腕前を知っているトレイか、もしくはプロであるシェフゴーストに頼むの方がよっぽどボクらしいだろう。
身勝手だと思うかもしれないけど腹立たしいよ。ボクの理解度が低いことがまるでボクに興味なんてないって言われてるみたいで。
それに破れにくくなるキャベツの剥がし方や、巻きやすくなる小技や、崩れない巻き方とか、一から丁寧に教えてくれるけど、まさか監修はしても一切見本を作ってくれないなんて!
おそらく彼女なりの配慮なんだろう。圧倒的な実力差を見せつけるのは人の心を折るのに最適だ。……その、前寮長相手に実践したので否が応でも知ってる。
だとしてもキミの料理と比べられたら、そりゃあ多少はプライドが傷つくだろうけど、それでもボクもキミの料理が食べたいのに。
「キミはマスターシェフは取らないのかい?」
「毎回応募してるんですが当たらないんですよ。思ったより倍率高いんですね。ラギー先輩が大抵のバイトと比べても割が良いって言ってたのでなおさらやりたいんですが」
お金目的に受講は褒められたものじゃないと思うけど。でも彼女の事情を慮れば、そうも言ってられないか。
それよりもボクと話しているにも関わらず、また別の男の名前が出てきたことに苛ついた。
わかってるよ、ボクにそんな資格がないことぐらい。でも青筋が立つのが止められそうもない。
自分にこんな醜い一面があるなんて知りたくなかった。ごうごうと内側で燃え上がる嫉妬で気が狂いそうだ。
「それに審査員に選ばれるかどうかは神頼みですけど、合法的に胃袋から落とすチャンスですし」
「……は?」
胃袋から落とす。つまり監督生は料理を食べさせたい想い人がいるのか。
発言の意味に気付いて憤慨する。誰だその男は。それも審査員にでもならなきゃ食べようとしないってことかい。彼女に望まれてるくせに。
頭をかきむしりたくなるほどの怒りに蝕まれていた中、ふと彼女がじっとボクの方を見つめていることに気付く。
そのまっすぐな瞳にたじろげば、リドル先輩とゆっくり彼女の唇が動いた。
「でもそんな分の悪い賭けをするのも嫌になってきたのでチャンスの女神の前髪引っこ抜くことにします。ところでリドル先輩、私の料理一回でいいから食べてみません?」
「…………一回だけ?」
「はい、なんなら一口でいいですよ。苺タルトはさすがに超えられないでしょうが、それでも自信あるので」
彼女の自信に満ちあふれたその言葉は本心なのだろう。
ただやはりそういった意味だから緊張もしているのか、少し頬が赤い。
「食べさせてほしい。エースやデュースやマレウス先輩達に振るまった以上に」
たとえ一度も口に運ばれなくたって、もう心の方を握られているのだけれど。
強欲にねだるボクに監督生は「ええ、喜んで!」と笑顔で返すのだった。