目撃者兼犠牲者はD・S

 予想していたけど、思ってたより堪えるなあ。それが私の正直な感想である。
 ベッドに潜り込んだものの、さっきからずっと考え込んでいるせいか。全くというほど眠気が来ない。
 リドル先輩と付き合い始めて早三ヶ月。私達はもうそれはそれは健全な交際をしていた。えっちはさすがに早すぎるとはいえ、キスですらしたことがない。
 メールでのやりとりは業務連絡寄り。あとは勉強を教えてもらったり、ティータイムを楽しんだり。デートに行ったとしても暗くなる前にオンボロ寮へ送られるし、身体的接触と言えば精々手を繋ぐだけ。
 おかしいな……父曰く男子高校生なんて頭の中はエロで埋め尽くされてるから、いざという時は顎かみぞおちか足の間を狙えって、必殺技を仕込まれてきたのに。いやリドル先輩にそんなことするつもりはないんだけど。
 私もお付き合いなんてものは先輩と同じく初めてなので、さっきも言ったが、いくらなんでもカップル成立!即交尾!なんて野性的な展開は望まない。でも思春期真っ最中、恋愛に興味津々のお年頃でもあるので、人並みには好きな人とイチャつきたいな~って欲はあるわけで。
 にも関わらず純異性交遊の鑑みたいな状態をくり広げられている現状。あまりに健全すぎてツライ。
 リドル先輩、あんまりにも欲がなさすぎないか?! 修行僧か何か?! 好きだから触りたいとか思ってる私が変態みたいじゃないか!! マブの方がよっぽどスキンシップ取ってるんだが?! 遠回しにキミなんかに欲情するわけないだろって言われてるみたいで地味にへこむ。
 いやわかってるんだよ、大切にしてくれてるんだって。それでもこの調子じゃ一生かかってもキスすらできないのでは、と今の私は不安でいっぱいだった。

 一応覚悟はしていたのだ、リドル先輩との進展はかなりゆっくりになるだろうと。まあ予想以上に深刻だったんだけど。
 先輩の育った環境や性格からして、付き合ってすぐ手を出すなんてことはまずあり得ない。
 というかリドル先輩に告白されたことにまずびっくりした。両思いだったことに対する驚きじゃない。「えっリドル先輩って恋愛感情抱いたりするんですか?! それもよりによっても相手、私とか正気か?!」的な驚愕だ。
 それもつい数秒前まで朗らかに談笑してて、一切そんな気配がない中でいきなりだったからね。
 あんまりに衝撃的だったから、先輩からの告白にOKを出した後、つい恋愛経験豊富なクルーウェル先生に相談してしまったぐらいだ。
 その節は大変ご迷惑おかけしました。にも関わらず「何も意外じゃないな。ローズハートのような男はお前みたいな手のかかる女性がタイプなパターンが多い。俺は理解できんがな」と励ましてくださってありがとうございました。
 でも先生が最終的に結婚するのってたぶん「コイツは俺が一生見張ってなきゃダメだ……」って責任感が芽生えるタイプの女性だと思いますよ。
 だいぶ話が脱線してしまったけども、結局私が主張したいことはただ一つ。リドル先輩とキスがしたい!!
 やきもきからの甘酸っぱい気持ちは充分過ぎるほど味わった。もう我慢の限界。というわけで先輩には悪いが、押して押して押し倒すぐらいの意気込みで行こう。
 幸いにも、近々ハーツラビュル寮でリドル先輩主体の勉強会がある。他にもメンバーがいるけども、二人きりになるチャンスは作れるというか作ればいい。
 だからせいぜい首を洗って待っててくださいよ、リドル先輩……! 言っておいてなんだけど、恋人に吐く言葉じゃないんだよなあ。

「……うん、これで大丈夫だね」

 今度開催を予定している勉強会の資料兼問題集が完成したことに安堵の息を吐く。自分で見る限りは完璧だと思うけども、事前にに確認してもらうつもりだ。
 今回教えるのは一年生なのと、彼女自身もボクと一緒に教師役をする予定だから。もし一年で習う範囲じゃない解答式を盛り込んでしまっていても修正できるし、なにより先に読んでいた方が教えるにあたっての段取りが組みやすいだろう。
 本日のうちにやるべきことは終わった。でも就寝時間にはまだ時間がある。
 一人部屋なのだから気にする必要はないのに、きょろきょろと周囲を見回す。いくらチェーニャでもこんな時間に訪ねてこないし、そもそもボクの部屋にまで侵入してきていたら、さすがに大問題だ。だけども、これから行うことのせいで、どうしても用心深くなってしまう。
 しっかりと施錠魔法をかかっていることも確認して、ボクは机の下から取り出したその本を手元に置く。
 少しでも読んでいるところは見られたくない。だから古本屋でタイトルだけ見て購入したから中身は全くわからない。今度こそボクが望む内容が書いてあればいいんだけど……。
 パラパラとページをめくり、目次を見てまもなく顔を手で覆う。

「どうしてどれもこう……すぐ破廉恥な内容に走るんだい?!」

 一からわかる恋愛指南書と、もっともらしいタイトルだから期待していたのに。
 だが実際に記載されているのは決して健全とは言いがたい内容だった。ボクは学生にとってふさわしい交際の在り方が知りたいのに。彼女を興奮させるキスの手順とか、ごにょごにょなムードの作り方とか……あまり参考にならないじゃないか!!
 望んだ情報は得られそうもないけれど、買った以上そのまま捨てるのは気が引ける。だから流し読みになるけれどページを進める。印象に残りやすい文体なのが、なんだか悔しい。
 キスの挿絵が目に入る。気付けば、読み進めていた指で自身の唇を押さえていた。

 本当はあのタイミングでに告白するつもりなんてなかった。
 ボクは新しいことに挑戦する時はいつだって事前に知識を蓄えてきた。マニュアルを徹底的に読み込んで、不明点は必ず潰す。実際に行って初めてわかることもあるけれど、やはり先に知っていることが多い方が何事も上手くいく。
 だからが好きだと気付いた以上、恋愛にだってそう対応するはずだったんだ。
 でも彼女が告白されたという噂を耳にするたび、の魅力を知った人間が現れるたび、焦燥感に駆られて。そしてあの日、ボク以外の男がこの笑顔を独り占めするなんて耐えられないと思った次の瞬間には口を出ていた。
 そんな自分でも予想外の告白を彼女は受け入れてくれたんだけども、ボクは恋愛の手順なんて知らない。しかも彼女の事になると全く感情が抑えられなくなる。オーバーブロット以来、少しは改善されたと思っていたのに。
 理屈は通用せず、どんな生き物も愚か者にする素晴らしきもの。それが恋だと以前読んだ本に書いてあったけども、きっとその通りなのだろう。

 ボク達は学生なのだから清く正しい交際を心がけねばならない。そう頭ではわかっていても、日々欲は膨らむばかりだ。
 どこまで許されるのだろう。その考え自体がもう不純なのだけれども止められない。
 手を繋ぐだけじゃ足りないのだ。ボクだって、エース達のようにもっと踏み込みたい。だいたいなんで恋人のボクより彼らの方がスキンシップが多いんだい。
 この嫉妬を沈めるにはあのささやかな触れ合いだけじゃダメだ。恋人なのだと実感したい。ボクは特別なのだと教えてほしい。唇を奪いたい、と。
 でもはどう思っているんだろう。ボクと違って、もう満たされているならば、この欲を向けられるのはきっと恐ろしく感じるんじゃないか。
 考え読みしていると就寝時間を知らせるアラームが鳴る。ひとまず区切りの良いところまで読み終えたこともあり、本をしまい込んだ後、寝台へと潜り込んだ。

「キミ、置き場所把握してるんだね」
「何でもない日のパーティの準備、何度もやってますからね。勝手知ったる他人の寮ってやつです」

 決戦日こと勉強会当日。リドル先輩とキッスしてえな~~と脳みそドピンクの状態で挑みながらも、順調にスケジュール通りは進んでいた。
 今は休憩の時間だ。「ボクが寮長である間は留年も退学も許さないよ」とのことで、リドル先輩が暴君時代も勉強会自体はあったらしい。けど休憩は設けてなかったとか。
 リドル先輩がぶっ通しで勉強できるタイプだからなんだろう。現在はリドル先輩が丸くなったのと、休憩を織り交ぜた方が効率が良いと知ったから挟むようになったけど。そりゃ先輩方は勉強会の言葉を聞くだけで震え上がってるわけだよ。
 それで私は何をしているかと言うとメンバーの為にキッチンをお借りして紅茶を淹れている。紅茶って集中力アップさせる効果あるから、勉強のお供にはもってこいなんだよね。
 そうして準備していたところへリドル先輩がやってきたというわけだ。
 お湯を沸かしている間に砂糖とミルクとレモンを準備する。少人数とはいえ、時間の関係で一人分ずつ運ぶなんて上品な真似はしてられない。
 えーっと、あれ……なんだっけ、うーん、正式名称忘れちゃった。クソデカおぼんどこに置いてたかな……? あー、あそこか。頭上の棚に手を伸ばすが微妙に届かない。

「これかい?」
「あ、ありがとうございます」

 後ろから手を伸ばしたリドル先輩が軽々と取り出す。身長差はそこまでないのに、先輩腕なっがいな!
 受け取りながら、このシチュエーション少女漫画にありそうだなーと思っていれば、バチンとリドル先輩と目が合う。あれ?よくよく考えたら、これってキスするのに絶好のチャンスなのでは。

……」

 静かに名前を呼ばれ、そっと瞼を閉じようとしたその時。
 ピーーッ!!と、けたたましい音が鳴り響く。驚きにビクッと体が跳ね上がった。飛行術できないけど、たぶん5ミリは浮いたと思う。ついでにティートレイ(正式名称思い出した)を落としてしまい、ガランガランとこれまた大きな音が立つ。
 リドル先輩もびっくりしたらしく目をまん丸にしていた。あと手が変な形で固まっている。

「あ、えっと、お湯が沸いたようだね」

 例の音は笛吹きケトルの合図だったらしい。慌てて火を止める。あと十秒、いや五秒待ってほしかった……!
 なんとなく気まずい雰囲気になりながら、私は紅茶を淹れる作業を始めるのだった。

「リドル先輩、テスト用紙回収してきましたよ」
「ああ、ありがとう」
「ここに置いておきますね」

 締めとなるテストを終えて、勉強会のメンバーは解散。
 リドル先輩は早めに解き終わった生徒の分から先に部屋で採点していて。そこへ時間ぎりぎりまで粘っていた生徒の分を私が持ってきたわけだ。
 なおテストの点数によっては勉強会リターンズになる。ついでに今回よりもスパルタで行くとのことなので皆、必死に解いていた。
 先輩は完璧に解答を覚えているのか、全く迷いなく点数と×を記載していく。
 テストの採点だが日本だと○×△だけども国によって異なる。こっちの世界だと正解に関しては解答の正確さに応じて点数、間違っている場合は×を書くパターンらしい。正解がチェックマークの場合だったら地味にストレスになってただろうな。
 私とリドル先輩では点数の基準が違ってくるだろうから、残念ながら手伝えそうもない。
 例え静かにしていても他人の気配というのは集中したい時には案外邪魔だ。なので部屋を退出しようとした時、ひらっと採点前のテストが落ちる。
 三枚組だから一枚抜けたら厄介だろうな。先輩は気付いていないようだったので、黙って拾って元あった位置に置く。

「落としてたんだね。ありがとう」

 声をかけなくても動きはなんとなくわかったのだろう。お礼を言った先輩がこちらを向いた。
 勉強会の時から思ってたけど、今日はなんだか妙に視線が合うな。私のキスしたい!という欲望のせいでそう思ってるだけで、気のせいかもしれないけど。
 アメリカの映画だったらたぶん十回ぐらいしてたんじゃないかな。アイツら勉強に夢中で気付いてないぜ……って感じで。リドル先輩こんな口調じゃないけど。あと絶対バレてるだろ、演出上のご都合がなければあえてスルーしてくれるだけだって。
 ただし今は私と先輩の二人きり。人目がない以上、好きにして良いわけで。こくりと緊張に喉を鳴らす。

「その、

 先輩も雰囲気が変わったことを感じたのか。私の頬へ手を伸ばす。先輩は椅子に座ったままだけど、私達の身長差なら屈まずとも届くはず。
 ドキドキとうるさい心臓の音だけが聞こえる。先輩の顔が近づいてきて……。

「カシラァ! スミマセン、テスト一枚渡し忘れてました!!」
「まつげ取れたよ!!! 監督生!!!」
「ありがとうございます、リドル先輩!!!!!」

 バターン!!と勢いよくデュースが部屋に飛び込んでくる。それに釣られて私達も大声で叫んでいた。
 咄嗟のでまかせを信じているんだろう。私達の体勢を特に気にした様子もなく、デュースはリドル先輩へテストを渡すと、もう一度謝って出て行った。
 セ、セーフ! デュースでよかった。これがエースとかなら絶対からかわれてるところだった……。
 って充分アウトだよ!! どうしてくれるのさ、このやるせない空気!!
 またしても入った妨害によって、キッチンの時よりも気まずさが増した雰囲気に居たたまれなくなる。仕方ない、ここは一旦引くべきだろう。
 
、すぐに終わらせるから、そこのソファで待っててくれないかい。もう暗いから送っていくよ」
「わ、わかりました」

 帰ろうとした私にリドル先輩が声をかける。言われるがまま私は近くのソファで先輩の赤ペンが止まるのを待つのだった。

「今日はおつかれさまでした」
「キミの方こそおつかれさま。こんな時間まで手伝ってくれてありがとう。とても助かったよ」

 オンボロ寮の門まで送ってもらい、別れる前に軽く言葉を交わす。
 帰る最中とか一発行けるのではと思ってたが、街灯もない夜のほぼ獣道は普通に怖すぎた。あれはムードもへったくれもない。精々手を繋ぐのが精いっぱいだった。
 いやあれ「怖いです~!!」とか可愛い子ぶって腕に抱きついたりできたのでは?! ……うん、私のキャラじゃないので却下!!

「……リドル先輩?」
「今日はドラコニア先輩は来ていないようだね」

 きょろきょろと周りを見回した後、ぽつりとリドル先輩が呟く。
 ツノ太郎がたむろっているのはもっと遅い時間だと言おうと思ったけど黙っておく。夜のオンボロ寮の周辺をツノ太郎が散歩していることは恋人になる前に話題にしたけど、そのことは恋人に言うべき情報じゃないなと。
 マブとはいえ他の男が深夜に来てま~す!とか普通に彼氏的に嫌でしょ。正直ツノ太郎と会うこと自体咎めないだけ先輩は優しいと思う。自分が友達に会えなくなった経験があるからこそ、私とツノ太郎の友情を邪魔したくないらしい。
 改めて感謝を覚えていたら肩に先輩の手が乗せられる。ハテナを浮かべながら見たリドル先輩の表情は艶っぽくて。あれ、もしかしてこれって。
 唐突にやってきた機会にキュッと目を閉じる。よし、今度こそ……!

「おいっ、! お前帰ってくるの遅いんだゾ!! ハラへった!!」
「あ゛あ゛あ゛ッ゛~~!! もうっ、この食いしん坊ネコちゃんめ!!」
「オレ様ネコじゃねえーー!!」

 私の帰宅に気付いたのか。振り向いたなら、外玄関にぷんぷんしているグリムが仁王立ちしていた。
 行き場のない思いのまま発した私のシャウトはしっかりグリムに聞こえたらしくキレ返される。お互いけっこう距離あるのによく聞きとれたな、私。それだけグリムがお怒りだったんだろうけど。
 なんでこうもことごとく邪魔されるのか。私は先輩とキスしたいだけなのに! 私が何をしたって言うんだよ!! どこまでチャンスの女神は私を嫌ってるんだ。前髪毛根から引っこ抜くぞ!! もうやだ~~~~~!!!!!

「リドル先輩、送ってくだってありがとうございました。おやすみなさい……」
「待って、

 グリムが玄関に入っていったのに続いて、とぼとぼと私も足を運ぼうとする。名残惜しいけどそれ以上に、このしょぼくれた顔を見られたくなかったから。
 なのに先輩に腕を掴まれて、彼の胸へと引き寄せられた。驚きの声がこぼれるはずだった唇をやわらかいもので塞がれる。
 それこそ私が待ち望んでいたことのはずなのに、さっきまで上げて落とされ続けてきた為、心の準備ができておらず、心の中では「ひょわ~~!!!」と訳のわからない悲鳴をあげていた。
 目を閉じる間もなかったので、超至近距離で先輩の顔を味わってるわけだが綺麗すぎる。初めてにしては熱烈すぎるキスの感触といい、心臓が爆発しそうだ。
 私が内心パニクってる間も先輩は角度を変えて、より深く唇を合わせてくる。どうしたらいいのかわからなくてなすがまま。

「……これ以上待たせたら、またグリムを怒らせてしまうね。おやすみ、

 ずっとしたくて我慢できなかったんだ、ごめんよ。そう囁いたならば、リドル先輩は熱い声色とは裏腹に、涼しい顔で立ち去っていった。
 我慢できなかったのは私も一緒だから良い。さっきのあれがなかったなら、きっとしばらくキスしたいと悶々としていただろうから。
 でも私を腰砕けにした事と今夜の私の安眠を妨害するであろう事には謝ってほしい。いつかその綺麗な顔、真っ赤にしてやるからな!
 そうして「もう怖いものはねえ!」とガンギマリした私は次回の勉強会で唯一の補習決定者の前で熱いキッスをぶちかますのだが、今の自分はそれが自爆特攻だと気付くことはなかったし、私の前では平静を保ってただけで普通に先輩も帰り道で照れて悶えていたことも知るよしはなかった。

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