アイラブユーぐらいちゃんと言え

「大丈夫です。私ピル飲んでますし、それにまったく気にしてないですから」
「は?」

 この世界では女性が大切にされている。ラギー先輩から種族的にもレオナ先輩は女性に優しいという話を聞いていた事もあり、今回の件について彼がそれを申し出るであろうことは分かっていた。
 だから案の定「責任は取る」と切り出したレオナ先輩へ食い気味に拒否を並べる。口にしながら「何とも都合の良い女のセリフだな」と妙に冴えた頭の隅で考えていた。
 私の反応があまりに予想外だったのか、レオナ先輩は立ち尽くしてぽかんとしている。精悍な顔立ちに似使わない表情は幼げで、なんだか可愛らしいなと思ってしまった。さっきまで見ていた顔が顔だからこそ余計に。
 以前、先輩との会話で出てきたこの世界の恋愛観から察するに、ここの住人にはヤリ逃げなんて概念は存在しないのだろう。だから彼は私の予想通りの動きをして、絶対に思いつかないような言葉を私から浴びせられるしかないのだ。

「そんな理由で先輩と付き合うぐらいなら死んでやる」

 それは言ってしまえば不幸な事故だった。
 魔法薬学の授業中、その日の課題だった媚薬を他の生徒の不注意で頭から浴びてしまったレオナ先輩。その薬が抜けるまで彼は自分の縄張りとも言える植物園でやり過ごすつもりだったらしい。
 だがそこに何も知らない私がのこのこやってきてしまった。私とレオナ先輩は時折二人きりで会話する程度には仲を深めていて、あの日も私はそのつもりで彼の元へ訪れたのだ。
 彼にとっては不幸にも私はこの学園においてたった一人の女子生徒だった。飢えた獣と手頃な獲物が同じ檻に放たれた、となれば後は語るまでもないだろう。

 でも私は別に傷ついたりしていなかった。たぶんレオナ先輩の方が女に乱暴を働いてしまったショックで死にそうである、尊大な態度を取っていても実は繊細な人だから。
 自分より遙かに体格の優れた男にのしかかられ、服をボタンごと引きちぎられるなんて本当は恐怖を覚えるべきなんだろう。
 けれど私は欲望にギラギラと輝く瞳を向けられて、やっぱり先輩のは宝石みたいで綺麗だなとつい見惚れてしまうような女だった。レオナ先輩限定だけども。
 そもそも彼はむしろ被害者なのだ。薬に理性を奪われたあの時のレオナ先輩には合意を取るだけの余裕はなかった。ならば私が取るべき行動は死に物狂いの抵抗だったのだ。でも私はそれを放棄して、ただ先輩の首へと腕を回した。
 早い話、私はレオナ先輩に密かに想いを寄せていた。叶える気はないくせ、操を捧げてしまうほどに。そんな私がどうして先輩を責められようか。

「……テメェどんな神経してんだ」
「図太いとは自負してますよ、タコ漁に百獣の王を引き連れるぐらいには」

 私の例え話にただでさえ深かった彼の眉間の皺がいっそうきつくなる。私が起こしにきた時、キュウリを見せた猫みたいな反応からは考えられない険しい表情だ。だが凄まれた程度で引き下がるようなへなちょこハートでは彼の話し相手なんて務まらないのだ。
 ただ彼の言い分もわからなくもない。彼からすれば昨日の今日で狼藉を働かれた場所へ、それもその相手に会いに来ていることが理解できないのだろう。
 そうは言われてもラギー先輩から頼まれてしまったし。前々より私はラギー先輩にレオナ先輩のお世話を代わってくれと時折お願いされていた。
 ラギー先輩にとってレオナ先輩のお世話を任せられる私は貴重な労働資源のようだ。オンボロ寮での生活と言い、子供の頃から自分の事は自分でするしかなかった経験が、まさかこっちの世界に来てからこんなに役立つとは。
 今日は先輩の機嫌が悪いからと私が駆り出されたのだ。レオナ先輩は一応女である私には強く当たれないし、ラギー先輩は私と彼の間に起こったごたごたを知らないのだから仕方あるまい。
 まあ多少は悩まなかったと言えば嘘になる。全く気にしてないという発言に信憑性を持たせられるけど、レオナ先輩にとっては私の存在がトラウマになってそうだから。
 でも少なくとも帰る方法が見つからない限り、あと一年は同じ学園に通うことになるのだ。何かしらのイベントで絡む機会もあるだろうし、もうそれだったら変に気を遣うより堂々と行った方がいいかなと。荒療治だと思って諦めていただこう。

「……体はつらくないのか」
「大丈夫ですよ、この通り元気元気」

 女は男の人が思っているより意外と強い生き物なのだ。笑いかける私にレオナ先輩は気まずげに目を逸らす。
 心なししょげている尻尾が何だかかわいそうだった。本当に気にしなくていいのになあ。そういうところが好きなのだけども。
 ぼんやりしながらレオナ先輩を見つめていれば、じっと何か言いたげな視線を彼から感じた。

「どうしました?」
「お前なんで普段から避妊薬なんて飲んでるんだ」

 何の事だろうと首を傾げようとしたが、そういえばあの時にピルの事を話していた。
 あまり元いた世界では男女ともに知られていないから、ピルの摂取より妊娠の可能性はないと説明すべきだったかなと思ったが、ちゃんと伝わっていたようだ。
 彼からすれば独り身で、彼が媚薬を飲んでいたことも知らなかった私が普段から避妊していたのが不思議なのだろう。

「ピルを飲んでいると生理痛が和らぐので、その為ですよ」

 男性に月経の話を持ちかけることに抵抗はあるものの、どうせ匂いでバレてしまっているとわかっているので諦めもついた。
 ピルは避妊の効能面ばかり注目されているけど、月経に関係する不調を軽減したり、女性特有の病気の予防をする効果もあるのだ。
 私は生理痛が重い方で、あまりに酷いと起き上がることすらできないぐらいだ。そんな私にとってピルは日常における生命線だった。だからこの世界に来てすぐに学園長にこれだけは用意してもらって。
 それでもどうしようもない時もあるにはあるが、少なくともこちらに来てからは生理痛に振り回されることなく普通に生活できている。

「だから、まさかこっちの用途で使う日が来るとは思ってなかったですね」

 つい口にしてしまったが、思いっきり失言だった。表情こそ不機嫌そうだが、レオナ先輩の頭の上の耳がぺたんと折りたたまれてしまう。今だけはそのわかりやすさが憎らしい。
 外に出したところで避妊にはならないが、無責任に全て中へ注ぎ込んでしまったことを気にしてるのだろう。子を残したいというのは動物の性だ、あの時の本能に支配されていた彼に避妊を求めるのはいくらなんでも無理があるだろうに。
 本当に元の世界とは違う価値観なんだなと思う。元いた世界であれば、もし無理矢理犯されていたとしても私が悪者になっていたはずだから。なのにこの世界では抵抗しなかったとしても私を被害者として見る。そんな優しい人々に気にするなと言っても難しいのだろう。
 それにしても本当に子供ができなくてよかった。学生だとか、彼が王族だからとか、そういった事情以上に私はきっと自分の子供を愛せないだろうから。
 愛に溢れたこの世界に生まれながら、親に愛されないなんて不幸過ぎる。元より知らなければ問題ないけど、知っていて手に入らないのはあまりにもかわいそうだ。

「そういえば……先輩、王族なのに媚薬に耐性付けてなかったんですか?」
「毒でもねえのに必要ないだろ」
「レオナ先輩モテるでしょうに……。一服盛ってくる奴とかいたらどうするんですか? うちの父親みたいなことになりますよ」

 自分で言ってて苦笑いしてしまう。私の家庭事情は以前レオナ先輩に伝えてある、もう一度言うには少し辛いからできることなら覚えていてくれれば助かるけど。
 確かに先輩が言うとおり、媚薬も盛られたところで命を奪われることはないだろう。でも社会的に殺されるかもしれない。あの薬の効果は私が身をもって知っているからこそ、そう思う。薬によるものだろうと、女性を無理矢理乱暴したとなれば、この世界ではきっと致命的なスキャンダルになってしまう。だと言うのにあまりに警戒心が薄すぎないか。
 そうでなくてもレオナ先輩の妻の座は普通に魅力的だろう。先輩は王になれない事で無意識に自分を過小評価してるきらいがあるけど、王位が無くたって先輩は素敵な人なのに。先輩の一番に相応しい人が私は心底羨ましい。
 というか、媚薬なんてヤベエもん授業で作るとか何を考えてるんだって思う。男子校とはいえ、間違いが起こったらどうするんだ。現に起こした私が言うのもなんだけど……この学校、男でも私より美人だったり可愛い奴ゴロゴロいるんだぞ。

「……何言ってんだ、お前」

 私はごく当たり前のことを口にしたはずだ。なのに思わず向けていた乾いた笑いを止めざるをえなかった。
 意味が分からない——レオナ先輩は言葉だけでは飽き足らず、瞳と声でもそう訴えていたから。私でも少し考えればわかることなのに、どうして賢い先輩がわからないのか。

「あ」
「……なんだ」
「そういえば今日リドル先輩達からパーティに誘われてるんです。だから私もう行きますね」

 約束の時間が迫っていたこともあり慌てて鏡の間へと向かう。縋るような視線も、引き留めるような一言も、全て振り切って。ああ、急がないと。

 楽しいパーティからオンボロ寮へと帰ってきた私は突然猛烈な腹痛に襲われていた。てっきりケーキを食べ過ぎてお腹を壊したかと思ったが、そういった感じの痛み方ではない。
 覚えのある下腹部のだるさにトイレへと駆け込めば、下着に赤茶色のシミが付いていた。まだ予定ではだいぶ先のはずだったのに。
 急いで下着を履き替え、痛み止めを飲んでベッドに潜り込む。夕食も食べてないし、お風呂にも入ってないけど、経験上この痛み方ではろくに動けないだろうから仕方ない。
 グリムはパーティからそのままハーツラビュル寮にお泊まりだ。グリムのごはんについて考えなくていいのは助かった、それに彼に余計な心配をかけなくて済む。
 痛みに息が浅くなる。なかなか薬が効いてこない。こんなに痛いのはこちらの世界に来てからは初めてだ。糖分は生理痛を酷くするらしいし、ケーキをおかわりしたのはまずかったかもしれない。
 疲れてたりストレスが溜まってたりすると酷くなる傾向にあったけれど……あと考えられるのは。もしかしたら先日彼に抱かれたのが、自分でも考えていた以上に負担がかかっていたのかもしれない。
 それだと周期が狂った理由にも納得が行く。ピルには周期を安定させる効果があるけど、絶対ではないと処方してくれたお医者様も言っていたし。
 強い痛み、それなりの痛み、また強い痛み。波のようにやってくる痛みは一行に引く気配がない。でもしばらくすればそのうち気絶という形にはなるが眠れるだろう。そういった時はだいたい悪夢を見てしまうのだけど、このさい贅沢は言ってられない。
 少しでも早く意識が飛ぶように願いながら瞼をつむる。秒針が刻むBGMに混ざって部屋の外から足音が近づいているような気がした。

「好きなタイプですか?」
「なんだその顔。文句あるのか」
「いやレオナ先輩から恋バナを振られるとは思ってなくて」

 植物園の一角で私はレオナ先輩と話していた。ごろりと寝転がっているレオナ先輩には昼間のような気まずさはない。勝手に口が動き、見覚えのある会話が進んでいく。丸っきり読める展開にこれは夢だなと悟る。
 確か数週間前に交わした会話だったと思う。それだけこの時間が印象深かったのだろう。何にせよ悪夢じゃなくて、幸せな記憶だなんて珍しい。

「……私、ものすごく理想が高いんですよ」
「はん、おもしれーじゃねえか。言ってみろ」
「私の事とにかく一途に愛してくれて、もし子供が生まれたら私と一緒にその子を大切にしてくれる人が良いです」

 無理難題とわかりながらも白状する。ならばレオナ先輩は怪訝そうな顔を浮かべた。

「それだけか?」
「簡単に言ってくれますね。きっとすごく難しいですよ。私、家族からの愛情とか知らないので」

 周囲を見ていればわかる。この世界の人にとっては血の繋がりの差異はあれど、家族から愛されるのは当たり前の事なのだろう。
 でも私は違う。ある種の不幸自慢かもしれない、きっと聞かされたって困るだろうなと思いながら私はそれを話していた。

 私の父は大手ベビー用品の経営者で、母は父の財産目当てで一服盛って私を孕み結婚を迫ったのだ。扱う品のせいで子供を堕ろすのは体裁が悪いから仕方なく結婚して。そんな経緯だから親からの愛情なんて当然貰えなかった。
 そのまま知らなければ良かったのに。学校で両親の仕事について作文を書くように宿題が出て、ひとまず立ち寄った父のチェーン店の一つで私はそれを見てしまった。
 あれもこれもと次々カゴにオモチャを入れていく夫を、大きなお腹を大事に抱えながらたしなめる妻。そんな幸せそうな家族の光景が、目に焼き付いて。

「……そんなのありえねえだろ」
「ちょっと変わってるぐらいで私の世界ではよくあることですよ。だからこそ私は無理だとわかっていてもどうしても譲れなくて。でもどんなに憧れても私は知らないんです。どうやって愛したらいいのかわからない。だから愛せるようになるぐらい、私を愛してくれる人が良いなって」

 世界が変われば常識も変わる。当たり前のように私の現実を否定する彼に寂しさを覚えながら首を横に振る。そして並び立てる言葉はあまりにも夢見がちで、これには自嘲するしかない。

「なーんて。つまらない話してごめんなさい」

 できる限り明るく見える笑顔を貼り付ける。そんな私の強がりはお見通しだったらしい。私を見据えた緑の双眸には同情も憐憫もない、でもわからないのに私がずっと欲しかった何かを宿していて。
 ぽんぽんと頭を撫でられる。大きな手のぬくもりは泣きたくなるくらい優しい。情けない顔を見られたくなくて俯く。零れてしまいそうな涙を堪えようとぐっと歯を噛みしめた。

「お前の世界は知ったこっちゃねえが、お前のちっぽけな願いはこの世界の男なら誰でも叶えられるぜ」
「……それは心強いなあ。レオナ先輩もきっとチェカくんの懐きようからして良いお父さんになるんでしょうね」
「どうせ近いうちにわかる、楽しみにしとけ」

 そう告げたレオナ先輩の声は何故か弾んでいて、ニヤリと不敵な笑みを私に向ける。うっわ顔が良い。暴力的なまでの美しさに著しくIQが下がった頭ではそんな馬鹿な感想しか思いつかなかった。
 それにしてもどういう意味なんだろう。近いうちって……もしかして。

「あの先輩、まさか」
「なんだ」
「もうすぐ結婚のご予定が? それとも既にお子さんがいらっしゃって、紹介いただけるとか……?」
「お前バカなのか? ……いや、バカだったな」

 王族なんだからそれぐらいあり得るよな。そう一生懸命考えた末の発言だというのに酷い言われようである。
 ハアーっとこれ見よがしに溜め息を吐かれる。苦虫を噛み潰したような顔のレオナ先輩には、安堵できる要素など一つもないはずなのに、私は胸をなで下ろしていた。尋ねる前にあった胸の痛みはすっかり収まっている。
 この時はまだ私はその理由を知らなかった。ただ、このできごとが後に彼への恋慕に気付くきっかけとなったのだった。

 すーっと意識が覚醒していく。優しい夢、あたたかな記憶、幸せな思い出。頬が濡れている感触がする、どうやら私は眠りながら泣いていたらしい。
 痛みこそ引いていたが体が鉛のように重い。今何時だろう、思っても瞼を開けるのすら億劫で私はそのまま身動きを取らずにいた。そんな中、頭に何かが触れる。
 グリムが帰ってきたのかと思ったけど、だったらベッドに潜り込むはず。それはまるで子供をあやすかのように私の頭を優しく撫でて。嫌な気はしない、むしろひどく安心する。
 そのまま、なすがままにされていれば、それは続けて頬を拭う。壊れ物を触るような手付きだった、この手を私は知っている。

「……レオナ、せんぱい……?」

 ゆっくり瞼を開ける。ぼんやりした視界に、ここにいるはずのない彼の姿が映った。ベッドの脇で椅子に腰掛けている、どうやら部屋にあったそれをわざわざ運んできたらしい。
 それにしてもどうして彼がここにいるんだろう。夢と思おうにも、まだ密かにはびこる腹の痛みがここは現実だと訴えてきていた。

「どうして」
「リドルから、茶会の終わる頃のお前の顔色が悪かったって連絡が来たんだよ」

 そういえば……別に日も暮れてないというのに、帰り際トレイ先輩が送っていこうかと聞いてきたのはそういう事だったのか。だとしても何故レオナ先輩に連絡が行ったんだろう。
 ちゃんとゴーストに話して入れてもらったから安心しろと先輩は言う。ドアが壊されても私もグリムも修復魔法が使えないので、その言葉にほっとした。
 この世界の魔法を使える人にとっては修復魔法は使えて当然の存在なのだ。そしてシャンデリアみたいに高級品はともかく、この寮のドアはどこにでも売ってるような品である。だから板チョコ割るぐらいの感覚でドア壊されるんだよなあ……。

「先輩、今話せますか? 先輩の声、なんだか落ち着くから聞かせてほしいです」
「……ちょうどいい。お前に聞きたいことがある」
「なんですか?」
「お前の世界だと……いや、お前の中で媚薬はどういった薬だ?」

 質問の意図はよくわからないが、思ったまま答えていいだろうか。
 自分の出生を知る上である程度は調べていた。それから元の世界だと仮にも盛られかねない立場だったので自衛の意味でも詳しくなるしかなかったというか。とりあえずぱっと思いつく限りでは。

「場所時間相手問わずサカらせる迷惑な薬ですかね……」
「やっぱりそうなのか」

 なんでそんなわかりきった事を聞くんだろうか。納得した様子の先輩を不思議に思っていれば、彼は私の名前を呼んだ。いつもは草食動物かお前呼びなのに。
 私の注意を引いたところで、いつになく真剣な顔をしてレオナ先輩は切り出した。

「この世界の媚薬は想い合った相手じゃないと効果が出ない」

 一瞬何を言われているのかわからなかった。だが次第に理解が追いつくと、思わずはくはくと口が動いた。あまりの衝撃に声は出なかった。
 頬に先輩の手が添えられる。目を細めて先輩は言葉を続けた。

「わかるか、お前が近づかないてこなければ何事もなく薬は抜けていた」

 きゅうと唇を結ぶ。見上げた先の先輩の目はありありとそれを語っていた。先輩の掌に自分の手を重ねる、甘えるように頬をすりつければいっそう先輩の眼差しは優しくなる。
 でも先輩、ごめんなさい。私まだ足りない。じっと彼の目を見つめながら、私はかつて言われた暴言を思い出す。

「レオナ先輩。私バカなので、ちゃんと言葉にしてくれないとわからないです」
「……お前、良い根性してるな」
「よく言われます」

 私に触れていない方の手でガリガリと頭をかきながらレオナ先輩は唸っていた。
 そんな彼に期待に満ちた目を向ける私は、自分でもなかなか良い性格してると思った。でもこの世界で生きていくにはこれぐらいこなせないと。私もここでの生活を経て成長したという事だろう。

「まあいい、その度胸に免じて言ってやる」

 私の名前を呼んで「愛してる」と彼の唇が紡ぐ。その美しい五音は今まで耳にしたどんな言葉よりも胸に響いた。
 この言葉に相応しい答えが私はわからない。ただ気付けば「私も先輩が好きです」と勝手に口から出ていた。それに先輩は普段の自信に溢れた表情を見せる。

「何を今更、そんなことわかりきってるに決まってんだろ」
「好きだから……責任なんて理由で先輩を縛るのが嫌だったんです。両親みたいに先輩を不幸にしたくなかった」
「この俺がそんなヘマをするわけねーだろ。手に入るならどんな手段でも使う、それだけだ」

 ぎし、と先輩がベッドの上に乗り上げる。私を潰さぬよう覆い被さると彼はゆっくり口付けてくる。あの時の噛みつくような荒々しさはなく、ただただ優しい唇だった。
 獲物を定めた獣の目が私を見下ろす。腕の檻に捕らえられた私へ思い知らせるかのよう、耳元で低く囁く。

「二度と逃げられると思うな。お前はもう俺の物だ。お前の体も、お前の心も、お前のちっぽけな願いも全て」

 すり、と下腹部を先輩が撫でる。慈しむような手付きに私はいつも疎ましいだけだったこの痛みに初めて感謝した。
 きっと痛みを乗り越えた先に出会うその子を先輩は必ず幸せにしてくれるから。隣に横たわり、私を抱き寄せる彼の腕の中で微笑みながら瞼を閉じる。

 夢の中で、私は目に焼き付いたあの光景を再び見た。ありったけのオモチャを取り寄せたことを妻にたしなめられ耳と尾を下げる夫と、可愛らしく正直な仕草とふてくされた顔との違いに堪えられず微笑む妻。愛に溢れた、そんな幸せそうな私達の姿を。

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