この後めちゃくちゃキノコ料理作った 01
私は実はヤバイ方のウツボことジェイド先輩とわりと仲良しだったりする。
第一印象は最悪だったし、イソギンチャク事件からしばらくの間は恐怖を覚える存在だったが、ある時ふと頭によぎったのだ。
それまで私が一番怖いものと言えばクマだった。というのも私が元の世界に居た時に住んでいた小さな田舎町はクマが頻出する地域で、幼い頃から町中のじっさまばっさまにその恐ろしさを常々聞かされ育った。つーか実際に遠目ながら何度か遭遇したことがある。木に残った爪痕の鋭さを見てれば近づかなくてもわかる、アレはやばい。
だからこそウツボ兄弟も大きいし凶暴だが、それでも話が通じるだけクマよりはだいぶマシだなと思ってしまったのだ。
一度そう考えてしまえば恐怖も薄れていくもので。次第に彼らに怯えることもなくなっていった。
ちなみにその発想はおかしいと意外にも常識人のエースからツッコミが入ったが、ここに来てからのごたごたを顧みてからケチつけてほしい。
この程度も乗り越えられず、いつまでもぴえんぴえんと泣いてるようなガラスハートじゃとっくに砕け散ってる。だからこそ、これぐらい図太くて適当に折り合いが付けられる人間できっと良かったのだ。
じゃなきゃ、今みたく絶対に帰ってやると強い意志を持ち続けることは難しかっただろう。
ではそろそろジェイド先輩と私が交流を深める発端についてお話しさせてもらうとしよう。
生活費のため、私はモストロ・ラウンジでバイトさせてもらっているのだが、その休憩時間にウツボ兄弟と部活の話題になったのだ。
そこで私がジェイド先輩が所属している『山を愛する会』に興味を示したところ、次の休みに早速参加することになっていて。
まあじっさまにしょっちゅう山菜狩りやキノコ狩りやらに連れて行ってもらっていた関係で、山登りには慣れているから全く問題はなかった。むしろ基本的な山での過ごし方や山の恵みの調理方法は、私の方が詳しいぐらいだった。
同じ趣味の仲間をゲットできたのがよっぽど嬉しかったのか。それからというもの、私はジェイド先輩から頻繁に山登りに誘われるようになったのだ。
採っていい山菜は自分で食べる分だけ(必要以上の採取は山を枯らす為、山の掟に反するのだと説明したら納得してくれた)と約束したおかげでアズール先輩達も食べさせられずに済むと好評だし、私としても食費が浮くので万々歳だ。
慣れているとはいったものの、私一人では絶対登れなかった。だってあまりにも危険すぎる。
じっさまより、山の神様が嫁にしようと異界へ攫おうとするから、あるいは変質者や犯罪者の根城になっていたりするから、絶対に女一人で山に登るなと口酸っぱく言われてきて。
それに加えてここは異世界だ、元の世界での常識が通用しない可能性は十分考えられる。というか実際見たことない動植物がたくさんあったし、元の世界に存在した物も全く違う名前で呼ばれていたりしていた。
だけども、ジェイド先輩と一緒なら何も問題無いと思う。陸生活二年目とはいえ、先輩はこっちの世界のことは私よりよっぽど詳しいし、もしクマとかの危険生物に出会っても先輩なら目をつぶっててもおそらく追っ払えるだろう。
そして、もしその時はたぶん先輩は私を守ってくれるだろうと見越していた。じっさまから仕込まれた私の知識はそれだけ彼に有益だ。絞り尽くすまではそう簡単には手放さないでしょ。そんな打算があったからこそ私は彼の誘いに乗り続けたのだ。
といった具合に殆どの休日を一緒に過ごしていれば、それなりに親しくもなる。いつの間にか監督生から名前呼びになっていたり、距離が近くなっていたりしているので、おそらく気のせいではないと思う。
「この山菜はちょっと独特の苦みがあります。味噌炒めとか天ぷらが美味しいですよ、炒めるなら豚肉を加えるのもアリです」
「みそ……ああ、確か極東の調味料ですね」
山登りを終えた後、私達はいつも食堂の調理場を借りて料理をしている。オンボロ寮のキッチンは狭すぎるし、何より採取物をシェアすれば、ここにある豊富な調味料使い放題の恩恵はあまりにも大きい。
フロイド先輩の好物がたこ焼きの時点で何となく期待していたのだが、こちらの世界にも私の祖国独自の調味料である味噌や醤油が存在していた。ただしサムさんのところで買おうとすると、なかなか良いお値段なので普段使いはできない。
でも食堂で調理する分にはタダなのだ! なのでここぞとばかりに一応常識の範囲内で好き放題使っていたりする。味噌汁、おひたし、肉じゃが最高ー!
知ってるか、実は日本人は定期的に味噌汁飲めないと発狂する。正確には日本食に含まれてる事が多い必須アミノ酸が不足すると精神的に不安的になるんだとか。故に海外でホームシックになった時は味噌汁飲むと解消されることが多いと聞いていた私は定期に摂取しているせいか、今の所そこまで酷いホームシックにかからずに済んでいる。帰りたいことには変わりないけど。
「私の祖国では一般的な調味料なんですけどね」
「さんの祖国と極東は食文化が似ているのかもしれませんね」
「確かにレシピを見る限りそんな感じなんですよね。あ、こっちは断然醤油炒めがオススメです。天ぷらでもイケますが……ジェイド先輩は何が食べたいですか?」
今日採ってきた山菜を並べて、一つずつ先輩の希望を確認していく。私達は交代で料理しており、今日は私が担当の日だ。
私の知ってるレシピは殆どが郷土料理だ。シャレオツな料理に慣れてそうな先輩のことだから拒否反応示すかなと思っていたのだが、むしろその馴染みのなさを彼はお気に召しているようだった。
ひとまず先輩からのリクエストを聞き終えたので、ちゃっちゃと調理に取りかかる。
「いつ見ても惚れ惚れするような手際の良さですね、さんは料理がお好きなんですか?」
先輩の方がよっぽど料理上手いと思うんだけどなあ。実際、私が料理を作っているところを一度見ただけで覚えたあげく「僕も作ってみたのですが」なんて持ってきたのを食べたら、先輩が作った方が断然美味しかったし。
それでも先輩は交代制度を止めない。先輩もたまには人が作った料理を食べたくなるタイプなのかな。フライパンを前後に振りながら、ひとまず先輩の質問に答える。
「う〜ん……正直なところ作る方はあんまり。食べてもらうのは好きなんですけど」
「おやおや、どなたに食べさせていたんですか? もしや……恋人とか」
「あはは。祖父母ですよ。恋人とかないです」
「ふふ、そうですか」
そういえばこの世界だと恋バナは鉄板だってエース言ってたな。特に獣人と人魚は恋に対してかなりのロマンチストだって。ジェイド先輩がそれに当てはまるとは思えないけど、せっかくだし振ってみるか。
「私の住んでいた町の男の人、一番年が近くて二十歳上なんですよ。年上が好きとはいえ、さすがにあれだけ歳が離れているのはちょっと考えられないなって」
「年上……ですか」
「正確にはおおらかな人というか。私も大概めんどくさがりなんで、たまにだらしない格好とか、手抜きごはん作っても目をつぶってくれる人が良いですね。でも自分はキッチリしてるのに私に優しいのは逆に気を遣うから、ちょっとズボラなくらいが好みです」
何とも女子力の低い発言だけど、猫被ったままお付き合いしたって長続きすると思えない。絶対どこかでボロが出る。
もちろん全部甘ったれるつもりはないけれど、弱いところや悪いところを時折見せてしまっても幻滅しないでくれる人が良い。自分にも他人にも甘いくらいでいいと思う。
良い意味でお互い遠慮がない、じっちゃとばっちゃは金婚式を迎えても未だに仲良しだ。それを見て育ったからこそ、こんな考え方をしてしまうんだろう。
あのイチャイチャぶりは目に毒だなんて思うこともあったけれど、長い間見てないせいか、何だか物足りなく感じるこの頃。早く帰りたいんだけど、学園長あの調子だしなあ。自分でも調べてるものの、なかなか道のりは長そうだ。
まあ私の考え方はジェイド先輩からしたら理解できないだろうな〜。だってジェイド先輩、絶対理想高いでしょ。ちょっと山とキノコ狂いなだけで他は軒並み高水準だもん。ハリウッド女優の外見と、公私ともに常にキッチリしてる性格持ち合わせてないと歯牙にも掛けなさそう。
なんてことを考えている間も調理の手は止めていない。よし、あと一品で完成だな。
「私、自分の為に料理とかできないんですよ。だからグリムがいてくれて本当に良かったなーって思います。まあグリムがいても、たまに嫌気さすんですけど」
「わかります」
ここに来る前の記憶はぼんやりしていて、あまり思い出せない。ただ確か私は一人暮らしする予定のはずだった。
けれどこっちでグリムと生活し始めてわかったのだ。じっちゃ達が美味しそうに食べてくれるから作ってただけで、私ごはん作るの別に好きじゃねーわと。いつも家にはじっちゃかばっちゃがいるので今の今まで気付かなかった。
なんて考え事をしていたら、全く予想していなかった同意がジェイド先輩から与えられた。いやいや、そこは遠回しに「だらしないんですね」って罵倒されるとこでしょ? だってあのジェイド先輩だぞ??
「私の場合かなり極端ですよ。グリムが外泊の時とか包丁すら使うの嫌で野菜丸かじりしてますし、よっぽど気力があったら野菜炒めぐらいはしますけど」
「僕も自分の為だと食器を出すのが億劫で鍋から直接食べますよ、洗い物減らせますし」
「……ジェイド先輩が?」
「そんなに意外ですか?」
皿に盛り付けながら目を丸くする私にジェイド先輩は心外だと言わんばかりの顔をしている。
そりゃそうだろう。こんな絵に描いたようにスマートで、一切そつなく完璧にキメてるような先輩が、洗い物が面倒だからって鍋からそのままかっ食らってるなんて全く想像がつかない。
フロイド先輩ならすぐ想像できるんだけど、おかしいな同じ顔のはずなのに。
疑ってるのがよっぽど表情に出ていたのだろう、こてんとジェイド先輩が首を傾げる。うわあざとい。でも顔の良さで違和感なく押し切れるのだからイケメンはおそろしい。
「僕はフロイドと双子ですよ?」
「わあ、すごい説得力……あ、ごはんできましたよー」
調理器具を水に浸けたなら、できあがった品を一番近くのテーブルに運ぶ。つい品数が多くなってしまったが、ジェイド先輩の手にかかればあっという間に運び終わった。
向かい合うように座って、いただきますと手を合わせる。洗い物の事はひとまず今は忘れるとしよう。
「ちなみに僕は趣味に理解があって、料理上手で、山のことに詳しくて、お人好しで、ちょっと抜けてる女性が好きです」
「ジェイド先輩の女性の趣味、変わってますね」
ジェイド先輩が振ってきた話題にやっぱり人魚って恋バナ好きなんだな〜と実感しつつ、穏やかに食事の時間は過ぎていったのだった。
◇
私はずっとジェイド先輩を遠い人のように感じていた。
というのも、彼はまったく隙というものを見せなかったからだ。いつだってカッコイイ人は憧れるにはぴったりだけど、親しくなるには難しい。
私はジェイド先輩と比べて、できた人間じゃない。だからいつもどこか引け目を覚えていたし、距離を感じていた。
けどあの一件から完璧に見える先輩にも雑なところがあるんだなと勝手ながら親近感を抱いて。今更だけども少しずつ彼に懐くようになっていた。
「こちらの本ですか?」
「あ、それです。ありがとうございます、ジェイド先輩」
図書室でいつものように帰る方法を探していた私は、背伸びしても微妙に届かない場所にあった本を取ろうとしていた。だがそろそろ諦めて脚立を取りに行こうとしたら、後ろから伸びてきた腕に軽々と欲しかった本が抜かれて。
手渡された私はジェイド先輩へ笑顔を向ける。これがフロイド先輩だったら三割の確立で追いかけっこになってた。あの人、足クッソ長いから絶対追いつけないんだよなあ。陸歴二年とはなんだったのか。歩幅のリーチの差が卑怯、リーチだけにってか。やかましいわ。
「召喚術の応用だなんて……随分難しい本を読んでいらっしゃいますね」
「異界関係になると、こっち方面になっちゃうんですよね」
「……帰る方法をお探しなんですか?」
先輩には前々から元の世界に帰ろうとしている事は話している。でもそういえば、あのことは話してなかったなと思い返す。
「いやー実は元の世界とこの世界を行き来できる方法探してるんですよ」
「……行き来する方法ですか? 帰る方法ではなく?」
「最初は帰れたらそれで良かったんですけど、ジェイド先輩と離れたくないなと思って」
「ヒョォッ」
なんか今、先輩から凄い声が出たような。だが今の先輩はいつもと変わりない笑顔だ。少なくとも奇声をあげたようには見えない、うーん気のせいか。空耳だなんて疲れてるのかな。
もしかしたら、ここ最近雨が続いているのが悪さしているのかもしれない。と言っても低気圧で調子を崩すタイプではないはずなんだけど、何故か雨の日になると胸がざわつく。
でも近頃ジェイド先輩と一緒にいる時もなんだか落ち着かないんだよなあ。雨のやつとは違って嫌な感じではないけど、なんだろ、これ。
今も何となくむずかゆい気持ちになってる。だからと言ってジェイド先輩を避けたいのかと言われたら違う。むしろ一緒にいたいと思ってるのだから意味がわからない。
とりあえず今の気持ちを正直に言っておこう。だって先輩は大事な友達なんだから。
「ジェイド先輩ほど気の合う友達とはずっと繋がっていたいなって」
「……友達ですか」
こちらの世界に来てからたくさん友達ができた。友達に順位を付けるのはどうかと思うけど、その中でもジェイド先輩は特別なのだ。帰れたらいい、から、帰れるだけじゃやだ、にするくらいには。
「ジェイド先輩は私と友達でいるのは嫌ですか?」
「……今はそれでいいです」
アズール先輩とか見てたら、友達とか友情とかクソくらえみたいな所ある(でも言葉にするのが嫌なだけでアズール先輩とウツボ兄弟、普通に仲良しだよね……)から不安だったけど言って良かった……のかな? 今はとか、なんだか不穏な事言ってるけど。
まあもしかしたらマブダチになりたいって意味かもしれないし! 何にせよ、ジェイド先輩ともっと仲良くなれたら良いな。
◇
「朝はあれほど晴れていたというのに……さんが仰っていた通り、山の天気は気まぐれなんですね」
フロイドみたいです、と雨の降りしきる外を眺めながらジェイド先輩が呟く。
今回の休日も私と先輩は山登りに来ていて、いつも通り楽しい時間だったのだが……うっかり天気を読み間違えてしまった。
気付いた時には真っ暗な雨雲で覆われていたが、幸い近くに手頃な岩穴を見つけて。避難した途端、一気に天気が崩れたのである。
「うーん、この調子だとしばらく止みそうにないですね。ただ日が暮れる前には晴れると思いますよ」
ちゃんと雨宿りできるスペースはあるが、二人で入るには少し狭い。先輩がちょっとでも窮屈な思いをしなくて済むよう、体育座りでちょっとでも身を縮こめる。
山の天気は変わりやすい。山に登り慣れているじっちゃですら何度か失敗して、こんな風に一緒に雨宿りしたものだ。ああ懐かしいなあ。
天気が悪いせいもあるのだろう。急に気分が落ち込んで、しんみりとしてしまう。
「……じっちゃ達、元気にしてるかなあ」
「じっちゃというのはお祖父様の事ですか?」
「あっ、口に出てました?! そうです、祖父のことなんですが……家ではずっとそう呼んでいて」
「さんは随分お祖父様に懐いていらっしゃるんですね」
「その……私、物心付いた頃から両親いなくて祖父母に育ててもらったんです。ずっと大切にしてもらったから、いつか恩返ししようと思ってて、それで……」
「……さん?」
突然視界がぐらついて、ズキズキと激しい頭痛に苛まれる。頭を抑える私にジェイド先輩が心配そうに呼びかけてくれるが、痛みにうまく言葉が組み立てられない。
なんだかジェイド先輩の声が遠い、変わりにざーざーという音が頭の中で響く。そういえば、あの日もこんな風に雨が降って……?
「そうだ、私、あの日……列車に乗って……」
今まである記憶にかかっていたモヤが晴れていく。完全に思い出してしまった瞬間、私はぼたぼたと涙を落としていた。目を拭うこともできず、ただ呆然と泣き続ける。こんなことしては先輩を困らせるだけだとわかってるのに止まってくれない。
そんな私に先輩は何も聞かなかった。けれどそっと背を撫でてくれる。じっちゃと同じ慰め方だと思った途端、私は先輩の胸に縋り付いていた。
「先輩、私、帰れない、もう元の世界に帰れない……」
「……どうしてそう思われたのか、伺ってもよろしいですか?」
「わた、し、ここに来る前、に……死んでる、から」
地元には中学校までしかなかったから、私は都会の全寮制の高校へ進学する予定だった。そしてあの日は引っ越しのため、都会行きの列車に乗っていたのだ。
寮まで着いていこうかとじっちゃ達は言ってくれたけど、これからは地元に戻るまでは一人だし、雲行きが怪しかったから駅で見送ってもらって。
一日に一本しか走らないローカル線だけあって、私の他に乗客はいなかった。車窓の外を見てもひたすら山と緑が続くだけの単調な景色、山を下りるまではずっとこのまま見慣れた光景が続く。くわえて同じリズムで響く雨音は大いに眠気を誘った。
ふああと人目も気にせず、大きなあくびをできたのも束の間だった。次の瞬間、轟音と大きな衝撃に襲われて。ぐらとバランスを崩す、車体が異常なまでに傾いていた。元の世界での記憶はそこで途切れている。
「じっちゃたちは、私が友達少ない事とか、このままじゃ結婚も危ないって心配してて。だ、から、だから、新しい学校で、たくさん友達、作って、いつか、恋人連れて、安心、させて、あげようって……おも、ってた、のに」
思い出したことを全て吐き出す。なんで思い出してしまったんだろう。今になってはどうしようもないのに、だって私はもう元の世界で死んでいる。帰れるはずがなかったのだ。
「さんは死んでいませんよ」
なのに絶望してただただ嘆くだけだった私を先輩はハッキリと否定した。
失礼しますと手袋を外して、先輩が私の頬に触れる。ひどく冷たい、先輩の手は冬の水を思わせるような温度だった。
「……死人みたく冷たいでしょう?でも僕は生きています。なら僕より温かい貴方が死んでいるわけがありません」
先輩の指が涙を拭う。雨で気温が下がった中でもわかるぐらい、ひんやりしているのに。どうしてだろう、先輩が触れたところが熱く感じる。
「きっと衝撃のエネルギーでこの世界へ転移してしまっただけですよ。ほら、さん教えてくれましたよね。山は往々にして不思議な現象が起こる場所だと」
今回の先輩の説得はかなり力業だと思う。もっと理詰めしてくるタイプだと感じていたけれど、さして賢くない私にはこの程度で十分なのかもしれない。だってもう納得し始めている。
私の汚い泣き顔とは対照的にジェイド先輩は寒気を覚えるほど美しく微笑む。人外じみた美貌も何もジェイド先輩は人間ではなかった。先輩の説得を否定しようにも今まさに私は摩訶不思議に遭遇しているじゃないか。
「さんはきっと帰れますよ。僕も協力します、ぜひともさんのお祖父様達にはご挨拶に伺いたいので」
それに自分はどちらかというとポジティブに考えたい性格だ。もしより明るい思考があるなら、そちらに切り替えたい。
ぐいっと目を拭う。ようやく泣き止んで、私は先輩の目を見据えた。いつもはちょっと首が痛いけど、今は座ってるからいくらでも先輩と視線を合わせられる。その事に気付いて少しだけ雨に感謝した。
「先輩が来てくれたら絶対にじっちゃ達喜びます。じっちゃは山バカなんできっと先輩のこと気に入りますし、ばっちゃは面食いなので……先輩ほどのイケメンが来たら狂喜乱舞します。というかいっそ地元がお祭り騒ぎになるかも……」
「それはそれは」
「……雨が止むまでじっちゃとかの話、してもいいですか?」
「ええ、ぜひとも」
促しながら先輩は手袋をはめ直す。それを少し寂しく思ってしまうのはどうしてだろう。ああ、まただ。なんだかモヤモヤする。
怒られたら止めよう。そう考えながらジェイド先輩の方へ身を寄せる。肩が触れ合う、ジェイド先輩は何も言わない。調子に乗って寄りかかると、ビクッと先輩の体が跳ねた。
さすがに迷惑だったかな。だが盗み見た先輩の表情はいつも通り微笑んでる。先輩がこんなことで動揺するわけないよね。
これなら幼い頃じっちゃにやってもらってたみたいに足の間に座っても許されるのでは?なんて魔が差したけれど、さすがにそれは止めておこう。年齢を考えたら、さすがに痛いから。いくら友達でも、友達だからこそ悪乗りはだめだよね。
体勢が整ったところで私は思い出せるまま語り始める。
「じっちゃはキノコの資格持ってて、外国のキノコにも詳しいし、私が知る限りキノコ料理に関しては右に出る者はいないです。ぜひ私の世界に来た時は作ってもらいますね、本当に美味しいので!」
「ばっちゃは料理が上手で、じっちゃはその腕に惚れて『毎日味噌汁作ってくれ!』ってプロポーズしたらしいんです。だから喧嘩した日以外は毎日味噌汁が出るんですよ、うちの食卓。え? 喧嘩した日ですか? 味噌汁椀なみなみにブラックコーヒーが出ます」
「家の近くに大きな湖があるんです。小さな頃からよくそこで水遊びしてたから、私わりと泳ぐの得意なんですよ。さすがに先輩には負けますけど」
「うちの地元民はだいたい怪異体質なんですよ。だからしょっちゅう不思議なものを見たり、奇想天外なできごとに合ってるせいで、そういうことに対する耐性が異常に高いんですよね。私はあまり感じたことないけど、この世界に馴染むの早かったのはそのせいなのかな……」
とりとめない私の話を先輩は最後まで黙って聞いてくれていた。話の途中、ふと盗み見た先輩の微笑みはいつものそれとは違っていて。なんだかドキドキしてしまう。
気付けば、早く止んでほしいと思っていたはずの雨に、まだ止まないでほしいと願っていた。
◇
「今日は大漁ですね!」
「ええ、こんなにたくさん食べきれるでしょうか」
「鍋いっぱいの炊き込みご飯食べた上でおかわりしようとした先輩がそれ言います?」
季節は巡り巡って秋。帰る方法は未だ見つかっていないが、こんな軽口を叩けるぐらいには先輩との親交は深まっていた。
何故か隠していた大食いっぷりも今では堂々と披露してくれている。少し恥ずかしくてとジェイド先輩は言ってたけどよくわからない、食いっぷりが良い人って普通に好ましいだけでしょ。
カゴに山盛りに摘んできたキノコだが、先にクルーウェル先生にお願いして有毒種は抜いてもらっている。お礼がてら後で料理をお裾分けする予定だ。
キノコを種類ごとに仕分ける。いやーそれにしても取れたなあ。キノコって生える木決まってるし、時期も分布も全然違うんだけど、あとあれは養殖でしか存在しないはず……そういうの関係無く収穫できてしまった。まあ魔法がある世界だし、ファンタジーってすごい!ぐらいの気持ちでいよう。深く考えたら負けだ。
今日は私が当番の日だ。元々じっちゃの影響でキノコ料理のレパートリーには自信がある、なんならこっちのレシピも仕入れたので気分は無敵。
わざわざ調べた理由はひとえにジェイド先輩の為だったりする。ジェイド先輩の好物はタコのカルパッチョだが、キノコ料理にも目がないみたいで。喜んでくれるといいな。
「確かマツタケは外国人にウケ悪いんだよなー……こっちの食文化、洋食寄りだから不安だな」
立派なマツタケを構えながら考えるのは調理方法だ。松茸ご飯、すまし汁、土瓶蒸し、ホイル焼、どれも捨てがたい。とりあえずこれは好き嫌いが別れるから、私達が食べる用にしよう。
次に手に取ったのはマッシュルーム。これのメニューはもう帰り道で決めていた。
「マッシュルームはサラダにしましょう。ジェイド先輩、他の料理が良いとかあります?」
「いえ、かまいません……それは悩まないんですね」
「唯一生食できるキノコなんですよ、マッシュルームって。他はだいたいヤバイですよー、特にシイタケとエリンギは絶対生で食べちゃダメです。あと、どのキノコにも共通してるんですが食べ過ぎもまずいです、最悪死にます」
「食用のキノコでもいけないんですね」
「そもそもキノコは食べられないようにどれも毒持ってるんです。だから野生動物相手なら他の仲間を犠牲にして生き残れたんですが、人間は加熱処理ができるじゃないですか」
「ああ……」
「つまり人間が食用キノコと呼んでいるのは、加熱処理という自然界ではあり得ない方法で分解できる毒を持ってしまった不運なキノコなんですよ」
キノコ愛のすごい先輩にこんな話を聞かせたらキノコ食べられなくなるかも。ハッと話し終えた後に気付く。ちなみに私はこの話をじっちゃから聞いたその日にナメコの味噌汁を三杯おかわりした。それはそれ、これはこれ。
なおジェイド先輩はマイタケを手に「肉巻きが食べたいです」とリクエストしていた。なんとなくわかってましたが、ジェイド先輩もそういうタイプですよね。良かった。
「前に見せてもらった先輩が育ててるキノコも、やっぱり生食向いてないので気をつけてくださいね」
「……あれはさんの世界には存在しないキノコなんですよね?」
「ええ、少なくともあんな色の混ざったカラフルなキノコは元の世界じゃ見たことないです」
「ではわざわざ調べたんですか?」
「そうなるんですかね、こっちのキノコ料理調べてる時に出てきたので。いつか調理を頼まれた時にはバッチリ美味しいの作りますからね!」
よし、エリンギは厚揚げとの煮物にしよう。
本日の傾向は和食である。洋食は先輩食べ慣れてるだろうし、その方が物珍しくていいかなと。ともあれ、これで本日の品目が全て決まった。早速調理に取りかかるとしよう。
「さん」
「どうしました?」
「僕が育ててるキノコで、毎日キノコ料理を作っていただけませんか?」
今別のキノコで作ってる最中だというのに、まさか宣言した傍からお願いされるとは。ジェイド先輩って意外とせっかちなんだなあ。
まあ先輩の為に作るのは楽しいから全然かまわないのだけど。ただせっかくだし、ちょっとからかってみようかな。
「なんだかその台詞、プロポーズみたいですね」
「そのつもりですよ」
間髪入れずに与えられた言葉に包丁を持っていた手が止まる。それから思わず先輩の顔を見た。
私と目が合ったジェイド先輩は照れくさそうに、はにかんでいる。その表情はジョークだと言い張るにはあまりに無謀だった。
それから「さんのお祖父様のプロポーズは極東にもあります」と先輩は情報を追加する、つまりこの世界でも通用するのだと私に思い知らせてきて。
「僕、だいぶあからさまにアピールしてたんですが」
「えっ? えっ?」
「さんのキノコ料理が毎日食べたいです。卒業した後もずっと、死が二人を分かつその日まで」
告白もしてない相手にそれは重すぎるのではないでしょうか。そう思いながらも過去の彼の発言を回想して、ずっと先輩がそれっぽい事を言い続けていたと今更気付く。
ここで問題が一つ発生。ジェイド先輩にとっては全然問題にならないどころか喜ばしいことに、私はやっと自分の中で燻らせていた気持ちにも気付いた。こんなのでよく私、彼氏作るとかほざいてたな!
溜め込んできた恋情が一気に吹き出したことに頭が追いつかず、ただただ赤面する。そんな私がこの後なんて返事をしたのかなど言わずもがなだろう。