ハッピーエンド回収に成功しました
幼い頃から伸ばし続けていた髪を切り落とすことに多少なりとも抵抗はあった。
だが住処となるオンボロ寮を見た瞬間にダメだこりゃ、と諦めて。
それ以来、私は現在に至るまでボーイッシュショートのままである。
「……あの氏、何やってるの?」
「ウォーミングアップの三つ編みですね」
「って編むの早い早い早い! これで練習とか本番は何するつもりなの?!」
今日もイデア先輩に部屋へ招かれたものの、今一番ハマってるゲームがイベント中ということで彼はオススメの漫画を用意するやいなや、私を置いて周回作業に入ってしまった。
こんな風に放置されるのは今に始まったことではない。というか大体がこのパターンである。
なので私もいつも通り彼が薦めてくれた作品に目を通して。
先輩がオススメするだけあって面白くあっという間に読み終わってしまったが、彼は「今回のドロップ渋すぎでは?」とまだタブレットから離れられないようだった。
苛立っているのか、背中にかかる彼の髪がゆらゆらしている。青白いその光は薄暗いこの部屋だとよく目立った。綺麗だなと思うと同時、羨ましいという気持ちが湧き上がって。
気付けば彼の髪を持っていたコームで梳き始めていた。本当はヘアブラシが良いけどそんなしゃれたものは先輩の部屋にない。普段は身だしなみに対して先輩、無頓着だからなあ。
毛先からゆっくりコームを通していく。
色温度だと青や白は高温だからコーム(プラスチック製)は溶けてしまうかと思ったけれど、そもそも触っても熱くなかったし、特に問題無く私の作業は進む。
先輩の好きな物への集中力は尋常じゃない。
なので先輩が私の行いに気付いたのは梳き終えて、手慣らしの三つ編みを始めた時だった。
周回終わり〜と気を抜いた瞬間だったからか、なかなか良いリアクションである。
先輩の戸惑いは無視して、つい買ってしまったお徳用ヘアゴムの一つで束を結ぶ。
長らくやっていなかったから心配だったけど、腕は衰えていないようだ。
ひとまず満足できたところで本懐を遂げるために編んだそれをほどく。
「先輩には私のツインテしたい欲を満たすための生贄……犠牲……うーん、あ、そうだ。餌食になってもらいます」
「言い直しても酷いの草」
「痛くはしないので天井の染み……は数えても楽しくないし、そもそもオンボロ寮と違って汚れ一つ見当たらないので、とりあえず別のゲームでもしておいてください」
「ネタが多すぎてツッコミきれないんだけど」
そう言いながら先輩はアイドル育成ゲーを起動した。ロゴだけ見て画面から目を逸らす。
作業を再開したが、先輩が嫌がっている様子はない。私の好きにさせてくれるようだ。
髪に触れる行為は信頼できる相手じゃないと不快に思うものだと、昔どこかで読んだことがある。
だから先輩のなすがままの姿に、私は喜ばずにはいられなかった。
先輩は一度懐に入れた相手には甘いし、オルトくんがいるからだろう。
わりとお兄ちゃん気質で、私のワガママにも寛容だし何だかんだ言って付き合ってくれる。
その優しさに付け込ませてくれるぐらいには先輩は私に心を許してくれているのだろう。
でも私は彼の弟や妹になりたいわけじゃない。
「いやー不摂生を重ね、特に手入れもしてなくてこの美髪とか、うっかりむしりたくなりますね」
「やめて!!」
「やだなあ、ちょっとしたジョークですよ。スルスル櫛が通ったり、バチバチのキューティクルに嫉妬なんかしてません」
「全然説得力ない声してるんだけど! えっと、そういえば、氏は髪を伸ばす気とかないの?」
「少なくともお徳用のリンスインシャンプーで精一杯の今は伸ばせませんね。痛んだ長髪とか、みっともないだけですし」
「伸ばしたい気持ちはあるんだ」
悟られたくないところを突かれ、私は何も答えなかった。沈黙ほど雄弁な答えはないのに。
旋毛からうなじにかけて髪を何個かのブロックに分け、左右ジグザグになるようにして毛束を纏める。眉毛よりも更に高い位置で結べば、この通り憧れのラビットスタイルのできあがりだ。
凄いな。こんなの先輩が気に入ってるゲームキャラぐらいしか似合わないと思ってたのに。イケメンのポテンシャルやばい。
たぶん言ったらめちゃめちゃに煽ってきそうだから言わないけど凄く可愛い。
「誰得」
「少なくとも私は楽しいです、でもまだ満たされてはいないので、私が帰るまではそのままでいてください」
「横暴すぎでは? というか、なんでそもそも氏はツインテしたいの?」
「だって、イデア先輩、ツインテール大好きじゃないですか」
「確かに好きだけど、別に拙者自身がしたいわけじゃ……ン゛ッ?!」
先輩の疑問符と共にぎゅっと背中から抱きつく。それにギシッと体を強ばらせ硬直する先輩。
前に煽られた時にキレて「童貞!!」と罵ったのに対して、先輩は必死に否定していたが、私如きのバッドボディに動揺してる時点で自分は真実を突いていたのだろう。
「可愛くないけど手入れ楽で良いなあとか思い始めたのに嫌になっちゃったの、先輩のせいですよ」
我ながら馬鹿な真似しちゃったなあと思う。
先輩にとって私は妹みたいなもので、好みの女の子からは論外と言っていい。
この恋には最初から叶う見込みはなかった。先輩風に言うならフラグも立ってなければ、そもそも攻略ルートにすら入れないのだ、私は。
最初で最後のスキンシップを堪能すべく、先輩の大きな背中に頬を寄せる。
「氏、コレ見て」
いつの間にか動けるようになっていたらしい先輩がタブレットを後ろ手に投げる。
一度離れて拾い上げたそれの画面を見る。さっき先輩がプレイしていたゲームのホーム画面だ。
前に見た時は、お気に入りに設定された今の先輩みたいな髪型の女の子がいて悲しくなったけど。
「君のせいなんだけど」
今、映ってる画面には、私が知ってる先輩のタイプからはかけ離れた、ボーイッシュな女の子がとびきりの笑顔を見せている。
対照的に私はとんだマヌケ面をしてるわけだが、おかまいなしに先輩は正面から私を抱きしめる。
仕返しとばかりにぎゅうぎゅうときつく、私を腕の中に捕らえて。
いつの間に振り返ったんだろう、こんな大胆なことして後でパニックになるんじゃないか、色々思う事はある。
でも「そういうところが可愛いんだよ」と怒ったように告げる声に、泣きそうになりながら先輩の背中に腕を回した。