きみはかわいい女の子
私は家庭の事情からがっつり系の料理を作るのが得意だった。
ツイステッドワンダーランドに来てから、しばらくの間は余裕がなかったので控えていたが、モストロ・ラウンジでアルバイトさせてもらったり、食堂から廃棄予定の食材を貰ったりするようになったことで、今は思うままに作っていたりする。
自分の知ってる味付けで作ろうとすると少量で作るのが面倒くさい。なので、いつもついつい作りすぎてしまう。ただ幸いグリムが体に似合わず大食漢で、またマジフトの練習でお腹を空かせてくる為、ちゃんと消費はできている。
ちなみに料理の詳細としては大盛りで濃い味付けと肉中心。これがとにかく十代男子にはクリーンヒットらしく、グリムはもちろん、昔はたまに泊まりにきていたエーデュースにも好評だった。
……そして恋人(仮)のエペルにも。
これについては話すと長くなるが……あれ、そんなに長くないかな。まあとにかく説明するとしよう。
まず彼に料理を振る舞う事となったきっかけだが、その日も私は大量に肉料理を仕込んでいたのだ。
休みだったので、たまにはこういうのもいいだろうと、じっくりことこと、夕食用に時間と手間のかかる料理を作っていたのだが。
肝心のグリムが突如ハーツラビュル寮に泊まる事となり、またエーデュースも予定が合わないと断られてしまった。
このままではせっかくの自信作が美味しい状態で食べられなくなってしまう……と焦った私は一か八かでエペルに助けを求めたのだ。
同学年のよしみと言うか、どちらかというとグリムがマジフト部にお世話になってた関係で、私は彼と度々会話する仲で。エペル確か肉が好きって言ってたし(付け加えるようにマカロンとも言ってたけど)なんだかいつもお腹空かせてそうな感じだった。なのでもしかしたらと期待していたところ「行く」と鬼気迫る表情で返された、即答だった。
そして彼が来てからほんの僅かの間に大鍋いっぱいに作ったはずの料理は綺麗に消えて。食堂でたまに見かける彼は食が細い感じだったが、とにかく見てて気持ちの良い食べっぷりだった。
食べ過ぎたと謝る彼から話を聞くに、普段の食堂での料理は全く足りないが、慣れないマナーのせいで食が進まない。だからといって買い食いがバレたら寮長にしこたま怒られるので我慢するしかないのだと。
ヴィル先輩確かにそういうの厳しそうだもんね、特にエペルは目をかけられてるし。こういった料理が得意になった事情から、私はお腹を減らせている男の子に弱いというか、どうも同情してしまう傾向にあった。
「エペル、運動部だし、それに男の子だもんね。あんなので足りてるわけないよね」
「……うん」
「よしっ! エペル、良かったらいつでもうちへ食べにおいでよ」
「え、けどそれじゃ君に負担が」
「いつも作り過ぎちゃうし、私一人でご飯食べるの苦手なんだ。だから助けてくれないかな?」
「話には聞いてたけど君ってお人好しだよね……でもありがとう、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
それからというもの、彼は時折オンボロ寮に来て一緒に食事をするようになった。
最初は取り分が減ると不満そうだったグリムも、エペルがマジフトでよく相手してくれることで仲良くなったのと、またエペルが来る時の方が豪華だからということで今では歓迎している。
美味しそうに食べてくれるだけでも嬉しいのに、エペルはいつも美味しい美味しいと褒めて食べてくれるので作りがいがあった。
残さず食べていることからすればグリムもエーデュースも満足しているのはわかっていたが、やっぱり言葉にしてくれるって大きい。つい気合いも入るというものだ。
彼が通ってくるようになって、しばらく経ったある日。オンボロ寮に訪ねてきたエペルは非常に暗い表情をしていた。いつもの朗らかさはどこにも見当たらなくて。
ひとまず食事が始まってから理由を聞いてみたところ、オンボロ寮通いを寮長に叱られたらしい。だからこれが最後になるかも、と言っていたが……咎められた傍から破ってるよね、これ。いくらなんでも肝が据わりすぎではないだろうか。エペルってなかなか良い性格してるよね。
てっきり肉を食べさせていたのがバレたのかと思いきや……年頃の女の子の住まいにそんなホイホイ行くものじゃない、とのこと。
こちらに来た当時、別にわざわざ隠していたつもりはなかったのだが、私は男として過ごしてきた。おかげでエース達も男友達のノリで付き合っていて、私もすっかり男性的な生活に慣れてしまっていた。今もエペルに指摘されるまで忘れてたぐらいである。
この世界では元の世界と違ってかなり女性優位だった、どうやら女の子は大事に優しくすべきという文化が魂に根付いているらしい。
だからなのだろう、私が女だということがわかってからというものの、以前のように絡まれることはほぼ無くなったし、皆さりげなく気にかけてくれるようになった。そういえばエース達が家に泊まらなくなったのもあの頃か。
そんなわけだからエペルの行為が非難される理由もわかるのだが。でも今更あの食生活に戻すのは食欲旺盛な男子学生にはあまりにも酷ではないだろうか。
少し悩んだ私の頭にある案が浮かんだ。そうだ、この世界の文化を逆手に取ろうと。どうやら私もすっかりこの世界に染まっていたらしい。
「エペルって今好きな人いる?」
「……どうしてそんなこと聞くの?」
さすがに食べながら話すのはまずいと思ったのか、エペルが口に運ぼうとしていたフォークを止める。
今日はカリム先輩から分けてもらったスパイスを使ったのだが、ちょっと辛くしすぎたかもしれない。口の中が乾いてしょうがない。それにじっと私を見るエペルの頬は少し赤らんでいた。
「もし、いないなら……私と恋人のフリしたらどうかなって」
「…………フリ?」
「恋人だってことにすれば、頻繁に私の家へ訪ねるのもおかしくないでしょ。ただでさえこの世界、カップルには優しいみたいだし。あ、もちろんエペルに好きな人ができたら別れてくれていいから」
私の言葉にエペルは随分考え込んでいた。眉間に皺を寄せているところから、もしかしたらカップル尊い〜!なこの世界の人間からすると、かなりの冒涜的な提案だったのかもしれない。
気分を悪くしたのならごめん、忘れて。そう口にしようとした時、エペルの両手が私の手を包むように握りこんだ。
彼の手は想像していたよりも大きくてごつごつしている。一つじゃないタコはそれだけ頑張ってきた証なのだろう。ドキドキさせてくるそれは私とは明らかに違う男の人の手だった。
「よろすく頼む」
「ひゃ、ひゃい……」
私を真摯に捕らえる眼差しに声が裏返る。そんな私の様子がツボに入ったのか、エペルは大きく口を開けて楽しそうに笑っていた。その可憐な外見とは裏腹な男臭い姿に私はまたきゅんとしてしまう。
そしてこんな手遅れの状況になって初めて、私は己の恋心に気付いてしまったのだ。
◇
後々のことを考えたらポムフィオーレ寮の人達にだけ伝えておこうとしたのだが、エペル曰く別の寮からもクレームが来ていたらしく、私達の交際(仮)は隠さない方向になった。
唯一の女子生徒である私と、ポムフィオーレ寮の謎の貴公子(※農家)である彼のお付き合いは、全寮制男子校という環境から恋バナに飢えていた生徒達によって爆発的に拡散され……今や私達は学園の公認のカップルとなっている。
元々こちらの住人はカップルにはゲロ甘かつ、獣人達に至っては恋人達を見ると祝福のミュージカルを開催せずにはいられないよう、遺伝子に組み込まれているらしく、行くとこ行くとこで歌って踊られてたら、そりゃ広まないはずがない。
これでいいとエペルはうんうん頷いてたけど全く良くないと思う。
「恋人できたんなら今後はうっかりベタベタしないように気をつけねーと」
「そうだな、エース。マブとはいえ恋人持ちなら距離感は大事だ」
「何より死にたくねーし」
「どうして突然そんな物騒な話に飛んだの」
「あー、は知らないのか。こっちの世界だとカップルの邪魔する奴は一回は成功するけど、だいたいその後死ぬんだ」
「恋のライバルに対して厳しすぎない?」
エペルの勧めもあってエースとデュースにも伝えたところ、祝ってもらえると同じくして思わぬ話を知ることなった。どこまでもこの世界はカップルを祝福せずにはいられないらしい。ただし当て馬は死ぬ。
価値観の違いって恐ろしい。聞けば聞くほど私達の関係が(仮)であることが不安でしかないんだけど。このまま行くと実質私が当て馬だし、ここまで大事にしちゃったのに本当に必要なくなったら別れられる? 大丈夫?
◇
「そういえば……この学園だと彼女ができた生徒は文字通り、吊るし上げられるらしいんだ」
「なにそれ、こっわ」
「僕は女子と手も繋いだこともない負け犬共に何か言われたって、情げね面でキャンキャン吼えでらあとしか思わないけど」
「ノーブレーキで煽るのやめよ、エペル。死人が出る」
カップルに優しいとはなんだったのか。こっちの世界においても嫉妬が怖いのは女も男も変わらないらしい。
もうだいたいの生徒にはミュージカルされたと思うが、また食堂で繰り広げられては困るので、私とエペルは中庭の木陰で昼食を取るようにしている。一応周囲に人影は見当たらないが、獣人達は耳が良いので警戒するに越したことはない。
いかんせんNRCに通う生徒のほぼ全員対しての特攻だ。怒られるならまだしも、ショック死されてはたまったもんじゃない。メンタル面でいうと男子は女子より繊細だからなあ……。
話は変わるが、エペルのお弁当も私が作ってるので中身はお揃いなのだけど、たまに彼がもうちょっと食べたいみたいな顔をしている時は分けてあげるようにしている。ただ口を開けて待たれているので、図らず私が食べさせるようなバカップルらしき状態になってるんだけども。
なおこれもエペルの案だ。私達は隣に並んで食べているのだが、実に距離が近い。けどこういう要所要所でちゃんと恋人アピールしとかなきゃ疑われてしまうからと。これ自分から退路断ってない? 本当に大丈夫?
「だからいつ来てもいいように準備してたのに……ここまで祝福されるだなんて拍子抜けした」
「エペルって案外喧嘩っ早いよね……」
食べ終わった弁当を置いて、据わった目でシャドーボクシングを始めたエペルに、私は口を挟まずにはいられなかった。
座り込んでいる状態から放ったとは思えないほど、ひゅんっと風を切る音からして実に重そうな拳だった。農家といえば力仕事だし、ここに入学してからも筋トレ欠かさないって言ってたもんね。
未だ彼の出生が謎に包まれている(王族と思ってる人も少なくないらしい)のと、おおよそエペルの儚げな外見から渋ったのだろう。これがおそらく彼の憧れであるバルガス先生のような外見であれば日々死闘を繰り広げていたに違いない。
拳を下ろしたエペルが私の肩にもたれかかる。そんな彼の瞼は今にも上下がくっつきそうになっていた。
今日は雲一つないぴかぴかのお天気だが、背後の大樹の青々と生い茂る葉と、からっとした風のおかげでここはとても涼しい。食後の昼寝にはぴったりだろう。
時間になったら起こしてあげると告げるやいなや、エペルは寝息を立て始めた。おやすみまでたったの三秒、の○太君かな?
昔どこかで聞いたのだが、人は信頼している相手と距離が近いほど熟睡できるものらしい。その話が事実だとすれば、現状は喜ぶべきだろう。それだけ私の傍は安心できるということなのだから。
でもそれは友達としての話であって、決して異性としてではない。いくらエペルが優しいからって勘違いしちゃいけない。
だってそうだろう。私は特段意識したわけでもないのに、男の制服を着てたからって親しい友人にすら長い間、性別を間違えられていたような女だ。疑問にすら思われなかった。
時折首に触れる猫っ毛はやわらかく、風が通る度ふわりと良い香りを漂わせる。起こさないように注意を払って、私は眠るエペルの顔を盗み見た。
閉じた瞼から伸びる長いまつげが肌に影を作っている。焼けにくい体質らしく、きめ細やかな白皙ながら頬は薔薇色で。形の良い唇は熟れた林檎のように赤々と艶めいている。今は見えない瑞々しい瞳はショーウィンドウに並ぶ宝石にだって負けてない。
エペルはとても綺麗だ。何一つとっても私は彼に敵わない。どうにか彼にお似合いの女の子になりたくて、ヴィル先輩に協力してもらって磨いても、私は私でしかなくて。誰が自分より可愛くない女の子を好きになるのか。
好きになってごめんね。無防備な彼の手に自分の手を重ねる、堪えきれなかった一滴がぽたとスカートに落ちてシミになっていくのを私はただ眺めていた。
◇
その日の放課後、私はトレイン先生に声をかけられた。
エペルと付き合い始めてから、私はよくマジフト部を見学させてもらっている。部活勧誘の時は魔力がないのと、当時私に絡んでくる中心人物であるサバナクローの生徒が多かったので避けていたのだけども。
……エペルに誘われたのだ、彼女が応援してくれたらもっと頑張れる気がすると。その時私は悟った、いつもの作戦だね!
ただ確かに付き合っているアピールとしては最適なのだろうけど……これ以上、将来的に不利になることをするのはどうなのだろうと悩んだ。だが結局欲望に負けた。だ、だって好きな人の部活中のかっこいい姿はやっぱり見たい!
けど、ただただ見てるだけなのは申し訳ないので、マネージャーの真似事をしたり、差し入れをしたりして。今も蜂蜜レモンを届けて、オンボロ寮に帰ろうとしていたところだった。
補習の常連でありながら毎度逃亡するグリムの捕獲要請か、それとも提出した課題に何か問題があったのか。おそるおそる確認したが、その場では教えてもらえず促されるままトレイン先生の教員室へ足を運ぶ。
見るからに上等なふかふかのソファーに先生と向かい合うように座らされ、これまた香り高い紅茶を差し出され、突然の至れり尽くせりに、いったい何が始まるんだ……と私は蛇に睨まれた蛙よろしく震えていた。
すっかり怯えきってる私に対してトレイン先生は優しい声で、エペルとの交際について何か悩んでいるのではないかと尋ねてきたのだった。
どうやら昼間の醜態を見られていたらしい……ルチウスに。さすがに木の上は盲点だったなあ……。
なおルチウスも私達の関係を祝福してくれた一匹である。歌ったり踊ったりはなかったが、かなり大きな蛇を仕留めてプレゼントしてくれた。ひとまず思いっきり褒めておいた。なおその蛇だがルチウスが去った後、慣れた様子でエペルが素手で掴みゴミ箱へ捨てていた。強い。ときめかないわけがなかった。
「私は妻帯者だ。だからこの件に関しては他の者より力になれると思う」
落ち着いた調子で紡がれた先生の声からは私を本気で心配してくれているのを感じた。
私と彼の関係はおそらくこの世界では異端だ。だから本来ならば口にすべきではない。でも私は気付いていなかっただけで、だいぶ限界まで来ていたらしい。意志とは裏腹にぽつぽつと話してしまっていた。
理由は言えないがエペルとのお付き合いは仮初めのものだということ、その後に彼への想いを自覚してしまったこと、でも自分なんかじゃ彼に好きになってもらえるはずがないこと。
なかなか要領を得ず、おぼつかない私の言葉を先生は最後まで黙って聞いてくれた。そしてなんとか言い終えた私の頭を、よく話してくれたと撫でてくれて。その優しさに思わず涙が浮かぶ。
「自信を持ちなさい。心配せずとも恋に懸命な女性はみな美しいのだから」
「でも私なんて」
「いいや、フェルミエといる時の君は遠目に見ていても輝いている。間近で味わっているフェルミエはいっそう強く感じていることだろう」
そう言った先生は優雅な仕草でカップを口にする、置く動作も絵になる美しさだ。こんなかっこいいお父さんがいたら自慢してまわっただろうなあ。
先生のような素敵な人から褒められたことについ浮かれてしまう。さっきまでどん底に沈んでいたくせ、我ながら単純だ。
「ありがとうございます、トレイン先生」
「なに、私は当然のことを口にしただけだ。また何かあったらいつでも頼りなさい」
◇
トレイン先生に相談に乗ってもらってから、私は再び自分磨きに励んでいた。千里の道も一歩から、できることから始めようと。そしたら今は無理でも、いつかエペルの隣に自信を持って立てる日が来るはずだ。
そしてまたもや、私はヴィル先輩のお世話になっていた。寮長の仕事に、モデル業に、何かと忙しいだろう先輩の手を煩わせるのもどうなんだと思って遠慮していたのだが、先輩の方から接触してきたのだ。
何でも目が変わった、前よりもっと磨きがいがありそうだと。
といった理由から最近の私はよくポムフィオーレ寮に伺っているのだが、それによりヴィル先輩以外のポムフィオーレ生との関わりが増えた。
ポムフィオーレの寮生はその多くが生まれながらの貴族である。よって彼らにはノブレス・オブリージュ……上流階級に生まれた者として民を導くべしという精神が根付いていた。あとは自分の寮生の彼女というのもあるのだろう。彼らはヴィル先輩の後に続くように、揃って世話を焼いてくれたのだ。
何でも『自分の手によって素敵なレディを生み出せるなんてロマンがあるじゃないか!』との事。それに一瞬光源氏計画の言葉が頭に浮かんだものの、さすがに口に出さなかった。アレ、字面の美しさに対して内容が通報案件だからなあ……。
ともあれ、この調子で頑張ろう。それでいつかエペルが思わず好きになっちゃうくらい、とびっきりかわいい女の子になってやるんだ!
「最近また可愛くなったね」
「ふぁッ?!」
と思ってた矢先のことだった。いつも通りエペルを招いた夕食の場で、何の脈絡もなく彼が爆弾をかましてきた。
持っていたスプーンが落ちてガシャンと大きな音を立てる。幸いぶつかった皿は割れていなかったし、汁気の多い品ではなかったので、服もテーブルクロスも汚れずに済んだ。ただ、もしこれが真っ白な服を着ている時のカレーうどんだったとしても、そんなこと気にしてる余裕はなかっただろう。
今エペルなんて言った。またってどういうこと。彼への想いを募らせるあまり、私の耳は馬鹿になってしまったのだろうか。妄想こじらせるにも限度があるでしょ。
「ふふっ、真っ赤になってる」
「えっ、いや、その、あの!」
「今の君の方がよっぽど姫林檎みたいだね」
動揺しすぎて言語を失っている私にエペルはいつも通りというか、普段よりも和やかな様子だった。でも次に告げた言葉には、自分で口にしながら引っかかりがあったらしく、若干顔をしかめた。
エペルは顔に出やすいタイプらしい。ただ(ポムフィオーレ寮の方向性から)基本的にはすぐ隠すのだが、私の前ではわりと曝け出したままだったりする。地を見せてくれる機会も比較的多いので……たぶんそれだけ信用されているのだろう。
ところで彼が素を見せている理由だが、十中八九ルーク先輩からの呼び名のせいだろう。エペルと一緒にいる時、先輩と遭遇したので知ったのだが「あんな小せえす食えね品種なんかやだ」と叫んでいたし……。姫林檎は観賞用で生食に向かない=食べれない=食わせ者ってことなら、わりと的確なネーミングだと思う。
色々思考を迷走させているうちに少し冷静さを取り戻す。だがそれはエペルも同じだったようで。
「せっかくの料理が冷めちゃうから、続きはまた食べた後にしようね」
「……う、うん」
彼に進められるまま口を付ける。今日も濃い目にしたはずなのに、そこからの食事は全然味がしなかった。
◇
普段エペルはお礼がてらに食器洗いの魔法を唱えたら帰るため、泊まっていくのは今日が初めてだった。
ちゃんと準備してきたよと見せられた荷物はいつもと比べると多い。この様子ならおそらく外泊許可も取っているのだろう。
恋人(仮)になってからというものの、グリムはエペルがやってくる日になると外泊するようになった。バカップルになんか付き合ってられないんだゾ!とグリムは訴えていたが、おそらく気を遣ってくれているのもあるのだろう。
明日は休みで時間はたっぷりあるし、邪魔も入らない。これなら好きなだけ腹を割って話せる。気合いを入れた私は食事を終えた後、エペルと共に談話室へと移動していた。
ちゃんと向かい側のソファーを勧めたのに、何故かエペルは昼食の時と同じく私の隣に座る。にしても、ちっかい!エペルもたいがい距離感死んでるな!
なんだかちょっぴり尋問される気分を理解しつつ、気を取り直してあの話題を口に出す。
「エペル、さっきのなんだけど」
「がまた可愛くなったって話だね」
私の都合の良い聞き間違いじゃなかったらしい。ただ幸い二回目なので、そこまで動揺せずに済んだ。まあそれでも多少は心臓バクバクしてるんだけど。
「ま、またって」
すみません、つい強がって嘘吐きました!さっきよりは質問内容こそ進化してるが、めちゃくちゃどもってる。
こんな調子で会話が成立するんだろうか。不安に駆られ震える私の両手をエペルが取る。咄嗟に見つめたエペルは美しくはにかんでいた。
思わず見惚れるほどの表情に心が冷めていく。敵うわけがない、こんな綺麗な人が私のことを好きになってくれるはずがない。一回消えたはずの絶望が再び芽を出す。じわじわ涙が浮かぶ。
「ずっと前から思ってたよ、はかわいいなって」
「や、やめて」
「なして好きな女の子にかわいいって言うの我慢しなきゃいけないの?」
期待するから止めてほしいと喉まで出かかっていた言葉が体の奥へと引っ込んだ。あまりにも予想外の言葉に目を瞬く。ついでに口もぱくぱくと酸素不足の魚みたく開閉させている私はとんだ阿呆面をしていることだろう。なのに泣きかけのロクでもない顔の私を見るエペルの目はひどく熱っぽい。
手が離れたことに寂しがる余韻はなかった。すると頬を撫でられる、くすぐったさに思わず肩が跳ねる。ひえ、と言うつもりのない悲鳴が勝手に口から溢れていた。
「好きな女の子が自分の為にけっぱってぐれてるんだから、いじらしくてかわいいに決まってる」
エペルの発言に、はたと私は気付く。これ、私のやってきたことばれてない?そういえばポムフィオーレの人達に口止めして……なかった!そりゃ彼氏(仮)に報告するよね。カップル推しの民だもん!私がその立場でもそうする!
まあお願いしていたところで約束通り言わないけども、あーうっかりしてたなー参ったなー(故意)とか言いながら、頑張ってるところに居合わせることになりそうだけど!NRC生そういうとこある。
衝撃の事実に気付いてしまった私は今すぐこの場に消え去りたかった。穴があったら紐なしバンジー決めてしまいたい。でも私を捕らえたエペルの手が、瞳が、それを許してくれない。
「。好きだよ。だからフリじゃなくて、ちゃんと僕の恋人になって」
「ひょわッ」
「まあ今更恋人じゃないなんて訂正できないから、ここは頷いておくべきかな」
「えっ」
「ポムフィオーレ風に言うなら『毒は回りきった』ってこと」
あれ、あれれれ?まさか、もしかして、今までのって全部……?
真っ正面から聞く勇気はなかった。でも隠す気など一切ないとわかる、大悪党さながらに歪められたエペルの唇が何よりも雄弁に語っていた。あっ、これ100%わざとですね、わかります。この搦め手のこなしよう、サバナクロー希望してたけど君やっぱりポムフィオーレ向いてるよ、エペル。
私はいつから毒林檎を囓っていたのだろう。それについてはどんなに考えてもわからないが、とりあえず今やるべき事はわかる。
「……こちらこそよろしくお願いします」
「やった!」
エペルにとっては予想通りの展開だっただろう、けれど頷いた私に彼は飛び上がりそうな勢いで喜んでいた。それからいきなり私を抱き上げてぐるぐるとその場で回転する。ちょ、ちょっ、まって、目が、目が回る!
うっかりオバブロ時のリドル先輩とアズール先輩みたく幼女に戻りかけるほどの激しさだったが、彼があまりにも無邪気に笑うものだから私は何も言えなくなってしまうのだった。
◇
夜もすっかり更けてきた頃、私達はある問題に直面していた。
「そういえばエペル、ベッドなんだけど私と一緒でもいい?」
「は?」
「最近誰も泊まりに来てなかったし、ここ数日天気悪かったでしょ?だから雨漏りの修理優先して、ゲストルームまで掃除が行き届いてなかったんだよね」
あいにく生活空間しか見ていないので、もしかしたらゲストルームも水浸しになっていた可能性もあった。そうでなくても埃っぽくて宿泊どころではないだろう。
来客は案外あるので談話室は綺麗にしていたが、エースやデュースならともかくエペルをソファに寝かせるのは気が引ける。
その点、私の部屋のベッドならちゃんと干したばかりのシーツだし、修理したり良い寝具を分けてもらった事もあって、快適な寝心地を約束できるのだ。
そう思ったからこそ提案してみたのだけれど、俯いたエペルからの返事はない。うーんやっぱり狭いのイヤだよね。じゃあ私が談話室のソファで寝ればいいか。
ならばとさっそく掛け布団を出してこようとした所、腕を掴まれて引き留められる。どうしたのだろう、尋ねようとして私は固まった。エペルが今までに見たことのないほど怖い顔をしていたから。
「え、エペル……何か怒ってる……?」
「僕、君の彼氏なんだよね。にとって僕は男なんだよね?」
「……えっと、私にとってエペルは大好きな恋人で男の人だよ」
そんな状況ではないかもしれない。でも口にした事で改めて実感が湧いてきて、ついへにゃと表情が緩んでしまう。それを見ていたエペルは対照的に真顔になった。なんで。
一拍置いてエペルがはぁーっと長い溜め息を吐いた。何かよくわからないけど呆れられてるような気がする。
「一緒に寝る」
「え、いいの?」
「その方が手っ取り早そうかなって」
エペルの言うとおりだった。でもなんで知ってるんだろう、グリムが枕一個丸ごとベッド代わりに使ってる話、エペルにしてたかなあ。もしかしたらグリムから聞いたのかな。とにかく一緒のベッドに寝る場合だと準備が必要ないので今すぐにでも眠れるのだ。
私の部屋はこっちだよとエペルの先を歩いて誘導する。それにしても彼氏がお泊まりかー。手繋いで寝たりなんかしちゃったりして! ワクワクするあまり足取りが軽くなる。いやーほんと楽しみだなー!
——浮かれきっていた私は知らなかった。
「……おめは俺のめごい女の子だって思い知らせでけるからな」
後ろを歩く彼がそう小さく呟いていたことも。
明くる日の朝、一糸纏わぬ姿で彼の逞しい腕に抱かれながら目覚めることも。