なんでそんなとこだけ器用なの
一月前、私は購買で見つけたとあるリップに一目惚れした。リップの色味もケースも今まで見た中で一番好みだった。
それにしても、なんで男子校にこんな物が売ってるんだろう? 不思議に思ってサムさんに確認したところ、ヴィル先輩の要望で仕入れたらしい。
だからなのだろう。そのリップが、化粧品はそもそも値の張る物と知っていても目玉が飛び出そうな高額だったのは。
普段なら生活費の事を考えて、いつものプチプライス品で我慢しただろう。けれどこれほどの物だったら、そう思って胸をときめかせてしまった。私の中の乙女心がかつてないほど騒ぎ立てて。
おかげで何日も悩んだものの、どうしても諦められなかった。その為、私はいつも以上にバイトと節約に励み、コツコツお金を溜めて、そのリップを先日ようやく購入できたのだ!
早速今朝から使っているが、鏡を見てやっぱり買って正解だったと胸を張る。馴染みの良い上品な淡いピンク、それとほどよい透け感が瑞々しい唇を演出してくれていて。たった一塗りしただけなのに見違えるほど可愛く見える。さすがヴィル先輩御用達の一品。
(まあでも……デュースは気付かないんだよなあ……)
大鍋をかき混ぜながら内心でぼやく。私を憂鬱させている彼は隣で手を震えさせながら、次の材料を加えるのに集中していた。
何故私が件のリップにあれほど必死になっていたのか。ズバリ好きな人に可愛いと思ってほしい! あわよくば女の子として意識してほしい!という恋心による下心からである。普通に惨敗だったけど。
だいたい一限目が始まるまで、私は教室でエースとデュースの三人で会話することが殆どだ。でも今朝登校してきた時はまだエースは来てなくて、これはチャンスだ!と。張り切って挨拶したのだけど。
近づいて分かったのだが、デュースは今日の二限の魔法史で提出しなければならない課題を半泣きでやっていた。声を掛けた私にデュースは助けてくれと縋って。それに対して私は呆れつつも手伝った、じゃあそれだけで終わった。課題への質問ばかりで、リップのことは一言も触れられなかった。なんとか耐えたけど今度は私の方が泣きそうだった、いや心の中で泣いた。
別にね、ルーク先輩がヴィル先輩に向けてるような美辞麗句が欲しかったわけじゃない。ただ「いつもと何か雰囲気違うな?」ぐらいの反応は期待したっていいじゃん!今日の私だいぶかわいいのに! もしかして気のせいかなと思ったけど、エースとか他のクラスメイトはそれっぽい事言ってくれたよ?! 私はデュースに気付いてほしかったのに! 肝心の人物だけが気付かないとか地獄か?! デュースのばかばかニブチン! でも、好き! 惚れた弱みってツライ。
そうこうしてるうちに本日最後の授業である魔法薬学まで来ていた。なお戦況は一行に変わらず、今の今までデュースからリップの感想は一切貰えていない。ちゃんと塗り直しても同じく。心が折れそう。
べっこべこに凹んでいても授業は待ってくれない。今日はペアで課題をこなすタイプの授業なのだが、デュースに誘われて断る理由もないので彼と取り組んでいる。
心境的にはノーサンキューしたいけどね。ここまで見込みがないと、好きな人との共同作業でも全くドキドキできなくなるんですよ、ハハッ。もう乾いた笑いしか出ない。
前回の授業で宣言されていたのだが、本日の課題は『指定の材料を使って好きな薬を作る』だ。指定された材料の基本的な効能は感情操作。中でも自白剤が一番作るのが簡単みたいだったから、そのつもりでいたのだがデュースがどうしても作りたい薬があると言いだしたのでそれに従っている。
何の薬かは教えてもらっていない。なのに無事できあがったら飲んでくれ!とお願いされていたりする。悪いようにはならないはずだからとデュースは言っていたけれど、クルーウェル先生に確認してもらってからしか飲む気はない。その前にそんなうまくいくのかな……デュースだからなあ……。
「あとはこれを入れたら……あ、やべっ!」
うん、知ってた。案の定デュースは最後の最後でやらかした。瓶ごと材料を鍋の中へとぶちまけたのである。あーこれは先生からのお説教免れないだろうなあと思ってたら、突如噴き上がった煙がデュースに直撃した。
一瞬で消えたけれど、デュースはげほげほと激しく咳き込んでいて。あの明らかにやばそうなの、吸い込んじゃったんだ。慌てながらも私はデュースの背中をさする。
「デュース、大丈夫? 気分悪いとかない? この指何本かわかる?」
自分わりとテンパってるな、と彼にピースマークを見せながら思う。ただ私の取った行動は指はともかく、なんだかんだ正解だったようで次第に咳が治まって。「もう大丈夫だ、ありがとう」とデュースが丸めていた背を伸ばした。
「いきなり煙が出たのには焦ったよ……まあでもデュースが無事で良かっ、ん?」
正面から伸びてきた手に両頬を包まれる。今私の目の前に立っているのはデュースなので、必然的にこれは彼の手になるのだけれど。
「……監督生」
どうしたの、と彼の顔を見上げて息が止まる。真っ赤になった顔に潤んだ目、明らかにデュースの様子がおかしい。騒ぎを聞きつけたらしいクルーウェル先生の姿がその後ろに見えたのは一瞬だった。
唇が、むにと弾力のある何かに包まれる。視界がデュースの顔でいっぱいになっている。見えないけれど状況を理解した周囲がざわつく。空気が変わった中での誰かの呟きで、私はようやく我に返った。
「ん゛〜〜〜!!!」
なんで私、デュースにキスされてんの?!
行き場なく宙を彷徨っていた手で彼の胸を突っぱねるが、びくともしない。それどころか、ぐいと腰に腕を回され、体を彼の方へと引き寄せられる。何して、いやホント何やってんの?!
離してくれと胸を拳で殴りながら声にならない声で叫ぶ。ならばどうなったと思う?正解は睨まれた上、僅かに開けた口をこじ開けるように舌を突っ込まれた、です。尚その際「うるさい」という副音声が聞こえた気がする、この元ヤン横暴すぎない?
ちゅる、ぶちゅ、じゅー、じゅるじゅる、じゅばっ、ぢゅぷ、ぢゅる、ぢゅぅうううう
「○%×$☆♭#▲!※」
「ステイステイステイステイッ!!!」
「か、かんとくせぇええーー!?!?」
自分の口元から放たれるえげつない音の数々。キスシーンとは思えない惨状にもう私はろくに言葉も喋れなかった。いっそ殺してくれ。酸欠状態&精神的にも限界だった私はクルーウェル先生とエースの叫び声を最後に気絶した。
◇
「すまなかった!!!」
目覚めた私を待っていたのはオンボロ寮の床で土下座を決めるデュースの姿だった。おそらく彼が運んでくれたのだろうが、さすがに着替えさせるのは躊躇ったのか。私は白衣のまま自室のベッドに寝かされていたのだ。
めり込みそうな勢いでデュースは床へと頭をすりつけている。ここの床古いから本当に抜けちゃいそうなんだけど。そんな余計な事を考えられる程度には私は回復していた。
ファーストキスをあんな形で失ってしまったのはかなりショックだが、一応相手は好きな人だし、本人も反省しているようなので、さほど怒る気にはなれなかった。
「デュース。私、怒ってないから顔上げて。そのままじゃ服汚れちゃうしね」
「だ、だが……」
「色々話したいけど……ここだとなんだし、談話室行こっか。あ、その前に私着替えるから先に行ってて」
後ろめたい気持ちがあるからなのだろう。反論なくデュースは部屋から出て行った。制服は学校のロッカーの中だから、それは明日早めに行って着替えるとして。さくっと部屋着を身に付けて談話室へと向かう。
談話室で待っていたデュースはあんな事の後だからか、そわそわと落ち着きない。お茶の一つも出してあげるべきだっただろうか。でも今、ティーバッグ出がらししかないんだよな。
ひとまずデュースを宥めつつ話を聞き出したところ、今回の騒動についてあの場にいた生徒達は私と彼を除いて全員例の記憶を消去されたらしい。というか皆の方から協力してくれたんだとか。色々居たたまれないもんね……。あとデュースは私に謝った後に判断し、私はとりあえず本人の希望を聞いてからになったと。
デュースの性格を考えると記憶が残ったままじゃ今後の交流に支障が出そうだから消してもらうのが無難だろうなあ。悲しいけどしょうがない。ともあれ無事に日常に戻れそうで安心した。
ほんの少し寂しさを覚える。そんな気持ちを誤魔化すように笑みを作りながら、私は別の話題を振ることにした。
「それにしても何の薬を作ろうとしてたのかわからないけど……惚れ薬ができちゃうなんて災難だったね」
「僕が浴びたのは惚れ薬じゃないぞ? 惚れ薬は元から惚れてたら効かないからな!」
「そっか…………んんっ?!?」
「どうした? 監督生?」
動揺する私に首を傾げるデュース。こ、コイツ、今自分がさらっとヤベエこと言ったの自覚してないな?デュースお前、ほんとそういうとこだぞ。
「……デュース、私のこと好きなの?」
「え、ど、どうしたんだ、急に」
「『惚れ薬は元から惚れてたら効かない』って数十秒前に言ったの、だーれだ?!」
「…………俺だな!!」
ここまで誘導してようやく理解したらしい。かなり動揺したらしく一人称が変わってる。口元を覆いながらデュースは顔を赤くしていた。しばらく彼は目を泳がせていたが腹を括ったのか、まっすぐ私の目を見つめてきた。
「順番を間違えたが、僕は監督生のことが好きだ! 付き合ってほしい!」
「私もデュースのこと好き、だけど……」
「だけど?」
「デュース、私のこと本当に好きなの?女の子として意識してる?」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、今日リップのおかげでとびきり可愛くなってたのに、何も言ってくれないし……」
うっかり唇を奪ってしまったことに対する責任を取ろうとかそういうアレじゃないか。思わず疑いにかかる私はなんて面倒くさい女なんだろう。こんなのじゃ嫌われちゃうと思いつつも確認せずにはいられなかった。
私のうざい女ムーブにデュースはぽかんとしている。そんなに難しいこと聞いたつもりはなかったんだけど。言い直した方がいいのか、ちょっと検討し始めたところでデュースは口を開く。
「監督生はいつだってかわいいだろう? ああ、でも何だかこういつも以上にキスしたいなと思ってたぞ! だから薬であんな風になってしまったんだな……」
「爆弾発言しておいて一人で納得しないでくれるかなあ?!」
情報量の多さに思わずキレた。そんな私にデュースはオロオロしていた。あーもう自分落ち着け!こういう人だってわかった上で好きになったんでしょ。
更に話を聞いていけば、彼が浴びてしまったのは『欲望を解放する薬』だったらしい。えっ、ということはデュース、日常的にあんなえぐいキスしたいと思ってたの……?
若干引いた。いや、でも、もっとスケベな事じゃなかっただけマシなのか……?何にせよもし次に機会を迎えた時はもう少し段階を踏んでもらおう、一応心の準備はしとくけどね。
「デュースが作って飲ませようとしてた薬はなんだったの?」
「作成者の気持ちが見えるようになる薬だな」
「……なんで?」
「監督生にこの熱い胸の内を伝えたかった。でも僕はエースみたいに口が達者ではないし、拳で語る方が得意だけど監督生相手にそれはできないから、だったら実際に見てもらおうと思って」
デュースにしては考えたんだなあ。なかなか失礼な感想を抱いているが、それにはちょっとした訳がある。
「デュースくんに一つ悪いお知らせです」
「な、なんだ?」
「デュースの言ってる薬は飲んだ本人が作ってると効果が出ません。注意点の項目にでかでか書いてるよ」
「えっ」
授業で作成するの薬を選別してた時に、もの凄く大きな文字で書いてあったのが印象的で覚えていたのである。この反応からしてデュースはやっぱりわかってなかった。私、君が材料注ぐ隣で薬混ぜてたでしょ。
頭を抱えるデュースにくすりと微笑む。まったく手のかかる人だなあ。名前を呼んでこっちを向かせた後、彼の唇へ指を添える。
「そんな薬に頼るより、不器用でもデュースの口で伝えてくれた方が何倍も嬉しいよ」
「……そうか、わかった」
ガシッと肩を掴まれる。随分気合い入ってるなと思ったのも束の間、徐々にデュースの顔が近づいてくる。ん?んんっ?ん゛ん゛ん゛ん゛ーッ?!
確かに口でとは言ったがそうじゃない!セカンドキスにしたってエグすぎるそれに腰が抜けた私が叫ぶのは今から十分後の話だ。