裸の心で抱き合いたい

「……なんか最近、ケイト先輩に避けられてる気がするんだよね」
「素直に謝ったら許してくれるんじゃね? ケイト先輩、お前には甘いし」
「僕達も一緒に詫び入れてやるから安心して良いぞ。これ終わったら行くか?」
「なんで二人揃って私がやらかした前提で話してやがるんですかね」

 現在、私はエーデュースに頼まれ、明日予定している何でもない日のパーティの下準備を手伝っていた。
 今いる調理室ではナッツ類の下ごしらえをする音と、エーデュースとトレイ先輩のたわいない会話が場を占めている。この空気ならば、ぶっこんでも問題ないだろう。そう判断して私は悩み事を切り出すことに。
 ただあまり重くなりすぎても、よろしくない気がする。だから心底頭を抱えていることについての相談だが世間話のようなノリで持ちかけた。ならば、返ってきたのは優しいようで無情なアンサー。なんでや今回は全くもって無実だよ、遺憾の意。

「何かやった……ってかバレたんじゃね? ケイト先輩の前じゃ人一倍乙女してるけど、監督生って実際はアレじゃん」
「だ~れが蛮族じゃ」
「僕達そこまで言ってないぞ」

 言ってないけど思ってるだろ、その口ぶり。乙女に対してなんて酷い言い草をするんだギルティ。過去にちょっと発破かけるのに頭突き決めただけなのに。
 いや嘘ついた。イソギンチャク事件が解決した後に、やたら美味しい話には気を付けろと迷惑料がてら卍固めもしたわ。
 なお先程から全く口を挟んでいないが、私達の会話を聞いて苦笑いを浮かべているトレイ先輩も同罪である。
 とりあえず私がくるみ割りの最中で命拾いしたな。くるみ割り器を握っていなかったら、二人ともアイアンクローお見舞いしてるところだったぞ。
 さすがにトレイ先輩は敬意を払っているので、そこまでしないが。ただ私のモットーはやはり暴力……!暴力は全てを解決する……!なので手ぶらだったら、まあ多少は、うん。
 まったく、いくら事実でも言っていい事と悪い事があるだろう。例えグリムに「猛獣使いっていうより、お前自身が猛獣なんだゾ……」と評されている相手だとしても、だ。
 うーん、子供と動物にバイオレンスはフィクションでも嫌だから、親分には手を出してないのに、なんであんなに怯えられてるんだろ? 動物が私の前だとやたら大人しいのは昔からだけど腑に落ちない。
 内心キレつつも手は止めない。ひたすらくるみの殻をバキッガキンッと粉砕していく。ちょっぴり八つ当たりが入っているせいか、さっきよりも良い破壊音な気がする。ちょっとテンション上がるなコレ。

 手軽に破壊衝動を満たしてウキウキしている辺り、私が野蛮人であることは屈辱だが認めよう。ただ一つだけ言い訳させてほしい。
 私は4人兄弟の末っ子だが上の3人は全員兄なのだ。そして両親がたいへんハッスルした結果、歳は離れていない。
 と、なると毎日(主に食卓が)戦場である。年の差が大きい妹ならばまだ手加減されただろうが、歳が近いと女であることはアドバンテージにならない。何故ならば幼い頃は女の方が体格が良かったりするから!
 そういったわけでハンデなんて一切もらえず、自然と戦わなければ生き残れない!な状況ができあがるわけだ。おかげで外面はともかく内面までおしとやかに育っている余裕などなく、むしろ日々チョークスリーパーや三角締めやら効率よく落とす方法を身に付けざるを得なくて。
 ただ兄達の失敗を反面教師にできたので、それなりに要領は良かった。
 なので女の子に対して夢見がちな兄達から聞き出した、中学デビュー理想の女の子ムーブ本性ステルス猫かぶりもお手の物である。アマゾネスよりワンコ女子の方が大抵の人にはウケがいいのだ。
 つーか兄達はなんで私という妹がいながら女の子に夢持ってるんですかねえ……? 現実を受け止めろ。夢見たままじゃいつか変な地雷女に引っかかりそうで妹は心配だよ。
 私が猫ちゃんを引っぺがすのはマブとグリムとトレイ先輩の前だけだ。マブとグリムは退学RTAことドワーフ鉱山で前述通り喝入れたのを機に被るのを止めたし、トレイ先輩にはケイト先輩との仲に協力してもらう過程で明かしている。

「トレイ先輩、ケイト先輩から何か聞いてます? 私に騙されてた~とか」
「いや特には聞いてないな。なあ監督生、前から気になってたんだが、ケイトにはまだ話すつもりはないのか?」
「まだというか、一生話すつもりないですよ」

 友達が変な女に捕まってて心配する気持ちはわかるが、私とケイト先輩の仲を取り持った以上、トレイ先輩も共犯者だ。諦めて見逃してほしい。
 最後の一個を割り終わって、くるみ割り機を置く。ここからは片手間ではなく会話に集中する為にも。

「素の私とか絶対ケイト先輩が苦手なタイプじゃないですか。私、ケイト先輩に嫌われたくないんです」
「でもありのままの自分を好きになってほしいと思わないのか?」
「別に思いませんよ。演技してようが結局私には変わりないじゃないですか。大和撫子……可愛い女の子のフリは慣れてるんで。現にエーデュースとトレイ先輩以外、全く気付いてないでしょう」
「そうか。もしケイトが、お前が思ってるようなタイプじゃなかったらどうするんだ?」
「どうもしませんね。そんな一面も私の好きな人を持っていたってだけで、そもそも人間なんて多面性のある生き物なんですから」
「お前は受け入れる覚悟はあるのに、受けとめてもらう覚悟はないんだな」

 トレイ先輩の指摘にぴくっとこめかみが引きつる。煽られてることに好戦的な本性が「処す?処す?」と顔を覗かせるが、なんとか深呼吸で気持ちを落ち着かせる。
 よかった、これを言ったのがエースじゃなくて。たぶんノータイムで死角からビンタしてただろうから。長女だけど我慢できそうになかった。まあエースは私の地雷を踏んだ時の末路をよくわかってるから、今は絶対言わないんだけね。
 怒りは収まったが、代わりに悲しい気持ちでいっぱいになる。だって結局ケイト先輩に距離を置かれている疑惑については何も解決してない。
 ケイト先輩の前ではとことん可愛い女の子として、ふるまえていると思う。でも実はどこかで見られていたんだろうか。それで嫌われてしまったんだろうか。身に覚えがない以上、もう、そうとしか思えない。
 いつの間にか二人も作業を終えていたらしい。トレイ先輩の「手伝ってくれてありがとな」の一言でその日は解散となった。

――だそうだ。ちゃんと説明した方がいいんじゃないか? ケイト」

 突然トレイくんが見せたいものがあると部屋を訪ねてきた。映画とかならそんな気分じゃないって突っぱねただろうけど、ちゃんに関わることだと言われてしまえば招き入れるしかなくて。
 そうして見せられたやりとりに頭を抱えればいいのか、照れたらいいのか。とりあえずトレイくん、この撮影魔法間違いなく無許可だよね?

「この様子ならエース達に嫉妬してるって言ったところで引くどころか喜ぶと思うぞ」
「オレもそう思うけどさあ」

 異性の兄姉を持つ者同士、ちゃんとはよく気があった。女の子特有の面倒くささがなくて、自分を慕ってくれる彼女をオレは可愛い後輩として見てたんだけど。
 明確に意識し始めた瞬間はわからない。ただちゃんの傍はいつだって居心地がいいと気付いてしまった。年下なのに妙に頼りがいがあるこの子はオレの厄介なところも受け入れてくれてるんだって。
 ちゃんともっと一緒に過ごしたい、もっとこの笑顔を見ていたい。そう思うようになった頃に彼女から告白されて。
 そうして付き合い始めた最初の頃はただただハッピーだったんだけど……。オレは自分で考えていた以上にちゃんが好きだったみたい。
 だから本人達に全くその気がないのはわかっていたのに、オレは次第にエースちゃんやデュースちゃん、それからトレイくんにまで嫉妬するようになって。
 そんなかっこ悪いところを見られたくなくて、ここ最近ついちゃんを避けてしまっていた。なんの解決にもならないし、これはよくないと理解していても止められなかった。
 だからトレイくんも対象だということは伏せて相談してたんだけど。仲裁ぐらいはしてくれるかな~と期待していたら、まさかこんな方法で来るとは。

「ついでに既に荒っぽいところを知ってたのも伝えておいた方がいいんじゃないか?」
「……バラした本人がよく言うよ」

 そのことをちゃんに知られたら怖いから、良い感じにごまかしておいてくれってことなんだろう。よし絶対ストレートに伝えよう。
 必死に隠しているちゃんには悪いけどもオレは彼女の本性を知っている。付き合う前トレイくんにちゃんが気になってるって話した時に、一度エーデュースと彼女だけでやりとりしてるのを覗いてからにした方がいいと言われたおかげで。
 まあびっくりしたよね。ちゃんってば、普段とぜんっぜん違うんだもん。エーデュースちゃんとグリムちゃんとトレイくんの前だけでは、いつもあんな感じらしいけど。
 騙されたとか、引いたとかはなかった。けど、すっっっごいモヤモヤした。
 オレに好かれたくて可愛い女の子でいてくれてるってトレイくんは説明してたけど、そのいじらしさに感動する以上にずるいって。
 ちゃんが危惧している通り、苦手なタイプなはずなのに素を見せてもらえる彼らがうらやましかった。この時点でわかりそうなもんだけど、オレめっちゃくちゃちゃんのこと好きじゃん。
 映像を見る限り、ちゃんもちゃんでオレのこと大好きってか、オレものすごく愛されてるよね。重いじゃなくて愛されてるって認識してるからこそ思う。これはお互い白状した方がいいよなあって。

「エース達が監督生の説得に成功したらしいぞ、ケイト」

 素直になろうと決心したとはいえ、避けてた手前どう切り出すべきか悩み始めていた時だった。
 さっきオレが返事した後、スマホを見ていたトレイくんからフォローが入る。邪悪な笑顔からして、おそらくオレとちゃんが二人きりになれる状況もセッティングしていることだろう。ありがたいけども!
 そして案の定、明日の放課後オンボロ寮に行く約束を取付けたと。早いよ! 全然暇だけど心の準備期間がもうちょっと欲しかった。
 とはいえ、時間があったらあったで決心が鈍りそうだから、これでよかったのかも。若干腑に落ちないところもあったけど、ひとまずオレはトレイくんにありがとうと告げたのだった。

 てっきり私の悩み相談はスルーされたものだと思っていたが、そうじゃなかったらしい。
 昨夜エース達から「ケイト先輩、避けてた件について話したいって」「そろそろ腹割って話した方がいいと思うぞ」と連絡があった。あの場面ではちゃかしてたのに。なんだかんだちゃんと考えてくれていたらしい。持つべきはマブである。
 なお経緯が経緯なので、もしかしたら別れ話かも……とビビっていたが、二人してそれはない、とにかく素直になれと背中を押されるまま、話合いについて了承した。
 ならば即座に日程、それも次の日の放課後に設定されたのはちょっぴり物申したかったけど。

「その、ごめんね。ちゃん。いきなり避けたりして」
「……理由を教えてもらってもいいですか?」

 ちゃんと予定通りにケイト先輩との話合いが始まったのだから、ひとまず感謝している。
 エースからはっきりと『避けてた件』とは言われていたが、やはり距離を置かれていたのは気のせいじゃなかったのか。だからだろうか、なんだかこうして顔を合わせるのが随分久しぶりな気がする。
 悲しかったが怒ってはいない。なので今の私は、何か事情があるのならキチンと解決しておきたいと冷静に判断できるだけの余地があった。

「えーっと、かっこわるい話なんだけど嫉妬してたんだよね」
「え?」
「エースちゃんとデュースちゃんとトレイくんに。そのことを知られたくなくて……本当にゴメン」

 予想外の言葉に対して、覚えのあるメンバーを上げられたことに何故だか猛烈に悪い予感が襲ってくる。
 ケイト先輩が嫉妬してたことにキュンとなったはずの胸が、一瞬にして嫌な動機を響かせていた。大人しく萌えさせてくれ。

「オレが知らないちゃんの特別な姿を知ってるのがすごく羨ましかった。なんの気兼ねもなく仲良くしてるのが、そんなつもりはなくても妬ましかったんだ」
「………………ケイト先輩、そのことについてはご自分で調べたんでしょうか」
「ううん、トレイくんからの情報提供」
「わかりました、ちょっとトレイ先輩にシャイニングウィザード決めてきますね」
「待って。暴露したオレが言える立場じゃないけど、たぶん大技っぽいのトレイくんに仕掛けようとするのは止めて」

 今すぐにこの場から逃げ出しトレイ先輩を〆たいが「話はまだ終わってないから」とケイト先輩に引き留められてしまう。
 迷いながらも再びソファに座り込んだ。途端ぎゅーっと包み込むように握られた両手は物理的にはともかく、心理的には振りほどけそうもない。
 だいぶ混乱しているけども、先輩の口から私の本性を厭うような言葉が出てきていないことでなんとか正気を保てていた。

「オレ、ちゃんが好きだよ。だからちゃんがしてくれたように、オレもどんなちゃんも全部受けとめたいって思ってるんだけど」

 本当の私を先輩は知ってる。その上でこう言ってくれているということは、もう本性に関しては解決していると考えていいんだろう。
 ならば先輩に対して本性を隠す必要がないのだけども、やっぱり先輩の前でつい乙女になってしまうので、多少崩れることはあっても三人に対するみたいな態度を取ることはできない。
 ただアドバイスしてくれた彼らの言うとおり、素直になってみようと思う。

「……先輩のマジカメにいっつもなれなれしいというか、恋人面でコメントする『マロン☆タルト』って女性いるじゃないですか」
「えー……あー、いるね」
「私、あの人にずーーーっとムカついてました。『なに人の男に粉かけとんじゃこのアマ』って思ってました」
「めちゃくちゃキレてる」
「あんまりにも腹立つので、そろそろオルトくんに頼んで抹消してもらうつもりでした」
「アカウントか社会的な方かどっちかは聞かないけど今ブロックしたから。今後似たようなアカ出てきても、別に実害なさそうだからって放置しないようにするね」

 私は嫌でもケイト先輩にとっては大したことじゃないんだろうなって、だから我慢していたけども先輩はすぐに対処してくれた。
 これまでは遠慮していたけども、他にも色々あって。なので、これはジャブみたいなものなんだけど。

「……こんな風に私、悪い意味で個性的な人の形をしたグリズリーとか言われる女なんですけど、ケイト先輩、本当にいいんですか?」
ちゃん、その言われよう、いったい何したの?」
「黙秘権使わせてください」
「本当に何したの?! えーっと……ひとまずこの話、今は置いとくね。さっきの答えだけどちゃん、自分で言ってたよね。それもオレの好きなちゃんなんだって」

 穏やかに笑う先輩は無理している表情じゃない。なので安心からか、ポロッと「私もケイト先輩が好きです」と返事がまろびでる。
 それに手をほどいた先輩は勢いよく私を抱きしめた。本当は私もずっとしてみたかったこと、でもうっとうしいかなって嫌われるのが怖くて私はできなかった。
 耳が先輩の胸元に触れる。どくどくと聞こえてきた少しばかり早い鼓動はおそらく、さっき確かめた愛情と同じようにお揃いなんだろう。
 なら、きっともう大丈夫。だから私はこれまでの遠慮がちな触れ方じゃなく、思いっきりケイト先輩の体をぎゅっと抱き返した。

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