いつからなんて野暮な話

「では、僕が交際相手になるというのはいかがでしょう」
「え、嫌です」

 この場にウツボ兄弟じゃなくても、いらふわ先輩以外のNRC生が居合わせたならば大惨事だが、幸い私とアズール先輩の二人きり。
 なので私が反射的に一蹴したところで問題はなかった。アズール先輩とて提案した時の笑みを消して「そうですか」と真顔でしれっと終わらせてるし。うわこいつノリ悪いなぐらいは思われてるかもだけど。
 アズール先輩は頑なに認めないだろうが、彼と私は先輩後輩の枠を越えた友情を築いていた。忙しいはずの彼が、私を見かけるとこうして他愛無い会話を始めるところからして。
 先輩の契約書を砂にしてもらった後に発生したこの交流だが、最初こそ「お、リベンジマッチか?」と警戒していた。だけどもこっちが内心でバチバチにファイティングポーズを取っているのに対し、アズール先輩はそれを察していながら至って普通に話しかけてくるだけ。
 いや一応探ってきてる空気は若干あったけど、たぶん答えたところで悪いようにはならないなと。野生の勘でしかないが、直感というのは意外と馬鹿にできない。
 まあ策略家の彼のことだから、そういったなんてことない部分から足下を掬ってくるのかもしれないが、その時はその時。
 といった感じで最近ではすっかり打ち解けていた。全部じゃないけど、うっかり心の内を明かしたりだとか。
 そうして今日も雑談を交わしているうちに、悩みを聞かれることになったのだが。ものすごくスムーズな流れでこの話題に持ち込まれて、こうやってアズール先輩、イソギンチャクがガンガン増やしたんだろうなと実感した。
 とはいえ、そう簡単にイソギンチャクを生やされてやるつもりはない。話に乗ったものの、まあ悩みの内容からして、さすがのアズール先輩の性格的に十中八九どうしようもないので。
 で、恋人が欲しいとぶっちゃけたところ、冒頭に繋がったというわけ。
 それにしてもアズール先輩が真っ先に自分を選択肢に入れてくるなんて思ってもみなかった。リーチ兄弟を薦められたら「お二方はタイプじゃないって言いましたよね、私の話聞いてました?」と怒るフリするつもりだったんだけど予想外だったなあ。
 もうこんな時間ですね、とアズール先輩が腕時計を見て口にする。そして解散したことによってこの話は終わったはずだった。

「なるほど、嫌です」

 あの悩み相談から数日経ったある日、雑談してたらなんか急にプレゼンが始まった。なんのプレゼンか、アズール先輩を恋人にした場合におけるメリットやら、つまりアズール先輩自身のプレゼンだ。
 全く経験はないが面接官になったつもりで耳にする。それにしても話が上手いなこの人、あとご自分の価値をよくわかってらっしゃる。おかげで思わず夢中になって聞き入ってしまった。
 そんな私の反応を見て、好感触と見定めたのだろう。プレゼンを終えた口で「ですので僕を恋人にしませんか?」と続けてきたので、それに私は納得して前回同様にお断りした。
 アズール先輩もまた「残念です」とさして気にしてない様子でさっくり引き下がった。なので今度こそ終了したのだと思った。

「僕と付き合えば、こんな風にテスト勉強で悩む必要はなくなりますよ?」
「うーん魅力的なお誘いだなあ、嫌です」

「そんなにも有象無象に告白されるのが煩わしいなら、僕を彼氏にすればいいと思うのですが」
「アズール先輩の彼女に手を出す阿呆はいないでしょうね、嫌です」

「……僕の彼女になる人は幸せでしょうね、ですか。そう思うなら実際に体験してみては?」
「それはそれ、これはこれです。嫌です」

 だがそれからも先輩は雑談のたび、締めに告白してくるようになったのである。
 なお、もう片手では数え切れないほどお断りしているのだが……。この間に至っては人前だったのにおかまいなしでしてきたし。なんだかどんどん、なりふり構わなくなってるなあ。
 先輩は私とは比べものにならない美人さん達にモテまくりウッハウハなんだから、こんな平凡な小娘なんかにこだわるだけ時間の無駄だと思うのだけれど。
 いやむしろ小汚い雑巾だからなのかも。この僕にお前如きが振り向かないのが許せない、と。
 どうやら私のノーサンキューはアズール先輩のプライドを大いに傷つけてしまったようだ。毎回毎回あんな涼しい顔をしていたのに、実際は内心でごうごうと怒りを燃やしていたと。だからおそらく意地になってるんだろう。
 ただ小市民の私とて私なりに譲れないものがあるのだ。だから早く飽きてほしい。そろそろほだされてしまいそうな自分がいるから。……なんてね。

「僕の何がダメなんですか」

 もう嫌ですって言葉、一生分口にしてるよなあと半ば現実逃避で考えていた本日。
 途中までがいつも通りの流れだった。だが今日の先輩は私の返答に対し、視線にも声にも私への憎しみをありありと籠めてぼやく。
 普段ならば先輩は凪いた様子で終わらせるのに。お断りするにあたって初めて見た反応に面食らう。だけども前々から決めていた回答をすぐに私は答える。

「先輩がダメというより、恋人にするなら私の事がめちゃくちゃ好きな人がいいので……」
「は?」

 たった一文字、だがその地を這うような低い声色に気圧される。
 彼の額に青筋が浮かんで、きゅっと瞳孔が人ならざるものに変わった。——そういえばタコも興奮すると瞳孔が開くんだっけ、何故かそんなことを急に思い出した。
 ガッと顎を掴まれる。痛いと叫んだはずの声は勢いよく被さってきた唇に飲み込まれた。歯がぶつかってゴチンと変な音が鳴ったし、唇が切れたようで血の味がする。歯が欠けていないのだけは幸いだった。

「だったらなおさら僕じゃないとダメだろうが!!!」

 アズール先輩、たぶんアドレナリンが出過ぎて痛覚ぶっ飛んでるんだろう。唇が離れた瞬間ガチギレしてきた
 血の滲んだ唇から獣じみた荒い息を先輩はこぼしている。先輩がここまで取り乱すなんて、私に悟らせなかっただけで、精神的に追い込まれていたということなんだろう。
 でもアズール先輩、残念ながら貴方が惚れたのはそこへ追い打ちをかけるような女なんですよね。

「先輩、私のこと好きだったんですか?」

 今度は先輩がまごつく番だった。私の質問で少し冷静になったのだろう。「言わなくてもわかるでしょう」と吐き捨てる。
 私はエスパーじゃないし、皆のように魔法が使えるわけでもない。だからわかるわけがないということで。わかりませんと言い切って、すっかり言い慣れた「なので嫌です」と続ける。
 ニコニコ笑顔で促す私にアズール先輩の口角が引きつる。オンボロ寮と同様、譲ってやる気はない。というか人のファーストキス奪った対価として考えれば安い物だろう。
 惚れたが負けのなんとやら、勝ち目がないとアズール先輩は悟ったようだ。普通の告白なら絶対に見ないだろう心底悔しげな表情で「……貴方が好きです」とアズール先輩が言葉にする。

「はい、私も好きですよ」

 アズール先輩は気付いてなかったんですね。私のタイプ、頑張り屋さんって聞いてたのに。ま、こんなわかりやすい弱味、二度と教えてあげませんけど。
 私のモットーはやられたらやりかえせ。なので私は首輪のかわりに、彼のネクタイをひっぱって、その唇にリベンジするのであった。

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