対価は生涯払いで
アズール先輩は私の事が好きである。
さすがに最初の頃は我ながら自意識過剰だなと思っていたが、いやこれ絶対惚れられてるわ……と今は確信している。
まずやたら優しい。あれは誰が見ても満場一致で慈悲の精神を越えていると判断することだろう。
別に相談したわけでもないのに「勉強や生活のことでお困りじゃないですか?」と何度も聞かれて、初めの方はどれだけオンボロ寮が欲しいんだと警戒しまくっていたのだけれど。
合同授業で組む相手に困っていたら助けてくれたり、モストロでバイトし始めて厄介なお客さんに絡まれたらすぐに間に入ってくれたり、私にだけこっそり手ずから賄いを作ってくれたり。
とにかく普段から気にかけてくれるのだ。おかげで変な輩に絡まれる回数が格段に減った。
次に頻繁に目が合うし、話す時に距離が近い。
視線を感じてそっちを向けば大体いるし、パーソナルスペース死んでるのか?ってレベルまで近づいて話してくる。
相手の懐に入るのが得意な人だから物理的にも詰めるものなんだろうか、とか考えたりもしたが、モストロの一般公開日に絡んでくる女の人に対しては適切な距離を置いてる。
彼は彼の通りの容姿だからびっくりするぐらいモテるが、どんな美女に対しても一歩引いて、お客様としか対応しない。
だが私にはめっちゃ近いし、試しにすっと身を引いたら詰めてくる。その為、もう色んな生徒から彼の女と勘違いされているほどだ。
更に何かとプライベートな話をしたがるし、私が話したことを覚えてくれている。
元の世界の話を聞きたがるのは何か商売に繋がるからかと勘ぐってしまったが、質問内容が彼氏の有無、休日での過ごし方、作品の好みなどからして、ただ私の事が知りたいだけだなと。
その過程で先輩も自分の話をするので、私は彼のちょっと複雑な家庭事情も趣味のコインの枚数も知っている。
半年前ぐらいに言った面白い映画の話から「その監督の新作が出てチケットが偶然二枚あるので見に行きませんか」と言われたことが三回あったりもする。
ざっと挙げただけでこれなのだから、いくらニブイ私でも察しないはずがなかった。
「——で、それがどうして僕を押し倒す事に繋がるんですか!」
「いつまで経ってもアズール先輩が手を出さないからじゃないですか!」
午前四時、オクタヴィネル寮長室にてアズール先輩が言った通り、私は彼の寝込みを襲っていた。
なお面白がったリーチ先輩方の手引きである。
顔を真っ赤にして叫ぶ先輩にきっぱり答えれば、彼は更に茹で上がっていく。
ぱくぱくと口を開閉させる様はさながらエサを欲しがる観賞魚のようだ。
「大体、あなたが僕のことを好きなんでしょう?! 僕のことよく見てるし、僕を見つけたら笑顔で近づいてくるし……!」
「そりゃ好きですよ。一般客の美女にまとわりつかれてた事に妬いて、夜這いかけるぐらいには」
彼女でもないのに。そう呟く私に先輩の口が半開きになって、舌も体もぴたりと止まった。
目だけがぐるぐる回っている様に彼の混乱が見てとれた。
ここで畳みかける私は鬼だと思うが、冷静になられたらきっとこの無茶が全てパーになるだろう。
平静な状態のアズール先輩に私ごときが敵うはずがないのだから。
深呼吸を一つ、緊張で手に汗が滲む。
「普段から先輩たくさん優しくしてくれたのに、私、対価、まったく払ってないですよ。いいかげん払わせてくださいよ」
「……ならば、僕と付き合ってくれますか」
「うれしいです。でも、どうせならもっと強引に取り立ててほしいですね」
恋人になったばかりなのに言うべきじゃないとは思う。
でも、モダモダはもう両片思いでたっぷり楽しんだのだから、ちょっとぐらいスピードを上げてもいいだろう。
こっそり先輩の耳に唇を寄せる。
「私、先輩と二人きりになる時はいつも、かわいい下着付けてるんですよ」
——もちろん、今も。
伝え終わった瞬間、体勢が逆転する。
覆い被さる先輩の瞳は涼しげな色の虹彩ですら誤魔化せないぐらい熱っぽくて。
マットレスに沈んでいく体と先輩の唇の柔らかさを感じながら、私は瞼を閉じた。