甘え上手は甘やかし上手
こっちの世界特有の授業が上手くいかなかった時、料理でお母さんと同じ味を再現した時、街で仲の良さそうな家族を見た時。
他にも色々、ふとした瞬間に胸の奥で溜まっていく寂しさ。それをずっと無視することでやりすごしてきたのだけれど、最近はどうにも見ないふりができなくなってきた。
大事な相棒、仲の良い友達、見守ってくれる先生、それから大好きな恋人。私は周囲の人に恵まれて、決して孤独なんかじゃないのに。
一人になると無性に寂しい。無理だとわかってるのに帰りたいとねだって駄々をこねる自分がいつも頭の中にいる。毎日意味もなく気分が落ち込んで、グリムにバレないように泣くこともあった。
今日、グリムはオルトくんに誘われてイグニハイドに遊びに行っている。いつもの調子なら泊まりになるだろう。だから今夜はベッドの中で泣くつもりだったのだ。
「ほら、。あーん」
戸惑いながらもエースに差し出されたスプーンをくわえる。口の中でやわらかい食感と共に、爽やかな酸味と甘みが広がった。
ぷるぷるしていた鮮やかな黄色はパイナップルのおかげだったみたい。ただこの奥深い風味はたぶんそれだけじゃない。そこまではわかるけど、これ以上が突き詰められるほど鋭い舌は持ち合わせていなかった。
喜ぶ味覚と、それから彼に食べさせてもらってるという気恥ずかしさに、ひとまずさっきまで纏わりついていた憂鬱は鳴りを潜めている。
一人寂しく泣きわめくはずが、どうしてこんなことになっているのか。
遡ること十数分前、ベッドにもぐり込もうとした突如エースがオンボロ寮を訪ねてきて。
明らかに門限を破っているだろう時間帯だから、てっきりまた首輪がついているのかと思いきや、綺麗な喉仏が見える状態。リドル先輩と喧嘩して衝動的に飛び出したわけじゃなくて、ちゃんと外泊届を出してきたと。
それからエースは突然のことだから何のおもてなしもできないと言う私を、お得意の口八丁で丸め込んで、あれよあれよという間に彼は談話室のソファに腰掛けて。そしてこのゼリーを自信作だから食べてと切り出したのだ。
しかもそこからナチュラルに『はい、あーん』の流れに持ち込むのだから、我が恋人ながら末恐ろしい男である。
「こんな夜遅くに甘いもの食べるの、なんか罪悪感あるなぁ……」
「ケーキとかパイとかよりはマシじゃね?」
「それはそうなんだけど」
ゼリーだけども私の分しか持ってきていないみたいで、エースはひたすら食べさせることに専念している。それに私はひな鳥になった気分なんて思いながら、促されるまま口を開けていた。
元々そこまで大きなものでもないから、あっという間に平らげてしまう。小腹が満たされたおかげか、さっきよりかは明るい気持ちになっている。
「ありがとう。さすが自信作だね、すごくおいしかった! ごちそうさま」
「お前めちゃくちゃ食いついてたもんな」
「そ、そんなに夢中になってた? えっとこの甘みってパインだけじゃないよね、何の果物使ってたの?」
「なんだと思う? ヒントそのいちー、オレと関係のあるやつ」
質問に対しての返答はまさかのクイズ形式。エースが素直じゃないのは今に始まったことじゃないけど、こんなところまで素直じゃないとは……困ったものだ。まあポーズだけで本当は全然困ってないんだけどね。
ヒントその一の意味がイマイチわからない。エースと関係のある果物……エースの好物ってことなんだろうか? それなら。
「さくらんぼ?」
「ブッブー、ふせーかい。ヒントそのに、花言葉が『君を忘れない』」
「……もしかして、パプリカ? え、この甘み、パプリカなの?」
「当たり。時間掛けてじっくり焼くと、野菜なのにごらんの通りお菓子にも使えるぐらい甘くなるんだよね」
二つ目のヒントを聞いて色々思ったのだ。果物なのに花言葉?とか、花言葉なんて興味なさそうなエースがなんで知ってるんだろうとか、そういえば覚えがあるようなとか。
そして思い出した、他でもない、私がエースに教えたのだ。すごく好きな曲があって、そのタイトルが野菜の名前であることを不思議に思って由来を調べたら……そんな風に元の世界について話していた流れで。
なんとなく覚えてしまった気まずさに口を噤んでいれば、エースが静かに呼びかけてくる。
「お前、気付いてないだろうけど、元の世界の話、全然しなくなったよな」
「そんな、こと」
「あとその頃からお前、隠してるつもりだろうけど元気ないんだよね」
エースの指摘に反論しようにも覚えがありすぎた。距離があれば良かったが隣に座っている彼は微妙な表情の変化も読み取ってしまうだろう。そうして完全に見抜かれている以上、意地を張るのも難しくて。
まただんまりするだけの私にエースは何も言わない。ただぐいっと腰を引き寄せるようにして私を腕に抱く。ぴたりとくっついた体、そのぬくもりに気が緩んでいく。
「……恥ずかしい話だけど、ホームシックみたいなんだ」
「ああ、それで。まあ別によくあることじゃん。オレの同室の奴もなってたし」
「でも私は他の人より頑張らなきゃいけないのに、こんな風になってる余裕なんてないのに」
「どーしてお前、そうやって一人で解決しようとするかな」
呆れたような口調。でも私を抱き寄せる腕はどこまでも優しい。自然とエースにもたれるような体勢になる。
それにやっと理解する。エースは私のこと甘やかしにきたんだって。
涙腺が緩む。そのせいで服が濡れてしまうのにエースは私を離さない。ただ私の頭を撫でて「どっかの誰かさんってば、本当に甘えんの下手だわ」とぼやくだけ。
そんな風に言ってても、きっとエースはどっかの誰かさんがまた泣きたくなっていたら、甘え方を教えてくれるんだろう。
だから少しは学んだのだと示すように、私は彼の胸にすり寄るのだった。