A.世話を焼きに

 今日はおうちデートということで、エースがオンボロ寮に訪れることになっている。
 もうすぐ約束の時間なのだけど、髪の毛変じゃないかなとか、思い切って買ってみたこのワンピース気に入ってもらえるかなとか、そんなことを思いながら、私は鏡の前に立っていて。
 ならば、とんっと何かが足に触れる。これには驚きのあまり尻餅をつきそうになった、だって今日はグリムおでかけしているはず……。
 確実にエースではない。万が一エースだったら色々ツッコミどころはあるけど、怖いとかそういうレベルじゃない。まあ普通に考えて除外。あといくらうちのゴーストさんがお茶目でも、乙女の足にタックル決めるような真似はしないので、彼らもなし。
 ならば残るは這いつくばってるタイプの怪異……? ゴーストと住んでいても見知らぬ幽霊はノーサンキュー。怖いもんは怖い。
 なんとか息を整えて、意を決して私はおそるおそる下向く。

「……あれ、ツムちゃんまた遊びに来てたの?」

 そこにはオバケ……ではなくエースによく似たツムが居た。よ、よかった~! キュートな訪問者で!! 君なら大歓迎!!!

「今日はひとり?」

 ツムの胴?の下に手を入れてひょいと持ち上げる。彼のつぶらな瞳と目を合わせながら訊ねれば明るい鳴き声をツムはあげる。たぶん肯定でいいのかな?
 三度に渡ってド派手に集団で襲来してきたツムだけれど、その後もこんな風にたまに単体でやってきていた。
 その場合はお忍びなのかこっそり来て、いつの間にか居なくなっている。何でもない日のパーティで苺タルトが出る日にリドル先輩のツムが来たり、植物園に避難していたレオナ先輩のツムの元へチェカくんそっくりのツムが突撃したり。
 いや全然こっそりじゃないな。他にもちょくちょく報告は上がってるけど、こんな風に目立つのが珍しいだけで、たぶん大体は今回みたいに人知れずパターンの方が多いんじゃないだろうか。

 私に抱きかかえられているツムだけども随分と大人しい。エースが相手の時はちょっとでも抱き方が気にくわなかったら、水揚げされた鮮魚ばりにビチビチビチィッ!!って感じで暴れるのに。
 エースの場合、自分のツムのことなかなかボロクソに言うので、それもジタバタされてる要因だろうけど。その点を除いたとしても、私に対しては全面的に身を預けてくれているように思う。
 この子はオンボロ寮が好きみたいで、ここで過ごしていくことが多い。ふらっとやってきてソファを占領して寝てたり、かと思えば一緒に映画を見たり、手品を見せてくれたり自由気まま。まるで猫ちゃんみたいなとこ、本当にエースそっくりだなあ。
 今回に関してはわざわざ存在をアピールしてきたし、もしかして私に会いに来たんだろうか。そんな風にうぬぼれてしまう。可能性は0じゃないんだよなあ。私エースの恋人だし。

 ツムの性格や好みは元になったというか似た人物のものが反映されるらしい。それでいて本人より悪く言えば欲望に忠実、よく言えば素直だ。
 ルーク先輩のツムがヴィル先輩やレオナ先輩の傍に行きたがるところからして、ツムは好きな相手に懐くものなんだろう。
 ただエースは頑なに認めようとしないのか、それとも本気で気付いていないのかわからないけれど「生意気!」「手がかかる!」とか自分似のツムを評価していた。
 思いっきりブーメランなんだよな。エースは親しくなった相手には世話焼きなんだけど、同時に弟属性が他の人に対するよりも強く出すところがあるというか……たぶん甘えてるんだろう。
 ようは好きな相手はかまいたいし、かまわれたいタイプなのだ、彼は。あ、これエースにはナイショね。指摘したら確実に照れギレするし拗ねるから。

「ツムちゃん可愛いね~♡」

 ぴょこぴょこと跳ねる彼と同じ色の髪、きゅるきゅるとした瞳、絶妙なフォルム。まじまじ見つめているが、どこをとっても可愛い。
 ついつい頭を撫でれば、手のひらにすり寄ってくる。その仕草にきゅーんと胸を貫かれた。
 好きな人に似ているのもあってなおさら愛しい。たまらずぎゅっと抱きしめてしまう。苦しくないか心配だったけど、ツムは私の腕の中で大人しいままで。ふわふわな抱き心地にうっとりしてしまう。
 ツムに夢中になるあまり、私は気付いていなかった。約束の時間がやってきていたことも、背後から忍び寄る気配も。

「何、他の男とイチャついてんの」
「ほぎゃっ?!」

 明らかに苛立った声が頭上から浴びせられる。そんな私はツムごと背後から彼の腕に捕らわれていた。
 やたらドキドキする心臓だがトキメキ3割、ヒヤヒヤが7割だと思う。だって顔は見えないけどわかる。エース、めっちゃ怒ってる。バックハグって少女漫画的展開になりそうなものだけど、今は檻に突っ込まれてる囚人の気分だ。

「他の男って……エースのツムちゃんだよ」
「オレにはこんな風に抱きついてこないくせに」
「え、エースにするのはちょっと恥ずかしい」
「してよ」

 ああすっかり拗ねッポラになってしまった。こうなったエースはなかなか頑固だ。まあこんな風に甘えられるのも恋人の特権だしなあ。
 一度離してもらって、ごめんねと謝りながらツムを床に下ろす。初めて来た時はツムとエースはバチバチにやりあってたので嫌がられるかと思いきや、すっと身を引いてくれた。お、大人だ……。
 話はついたのでエースに向き合う。このご機嫌ナナメ顔は他の人に対するのと違ってポーズだけじゃないんだろう。
 やるしかないけど、やっぱり恥ずかしいなあ。ええい女は度胸だ! ぎゅっと前からエースに抱きつく。それに彼はぐりぐりとネコのように頭を擦り付けてきた。
 くすぐったさに思わず身をよじる。ならば逃がさないとばかりに彼の腕に力がこもって、続いて彼は自分の顔を私の薄い胸へと埋めた。

「え、そ、それはあの、エース」
「アイツには押しつけてたでしょ……ん、やわらかいし良い匂いする……」
「ひ、ひええ」

 抱っこしたら自然とそうなるだけで意図したものじゃないのに!
 文句を言ったところで完全にヘソを曲げてる彼は聞き入れないだろう。というか、エースの方が身長あるんだから、その体勢きつくない? あとコロンの匂い気に入ってもらえたのは嬉しいけど、くすぐったいし恥ずかしい!

 ふと部屋の入り口を見ると、初めて見るツム……おーっと、私そっくりだな。その子がちょこんと開きっぱなしのドアのところに佇んでいた。エースのツムとやってきたのか、はたまたエースが連れてきたのか。
 そんな彼女の元にぴょんぴょんと飛び跳ねながらエースのツムは向かう。そして入り口で合流した二人はぺこっと頭(?)を下げると「ごゆっくり」とばかりに扉を閉めた。い、行かないでーー!!

「その可愛い格好、オレが先に見たかったのに……オレが独り占めしたかった」
「ご、ごめんね。あのお願い、恥ずかしいから、胸は」

 私のおねだりが通じたのか、エースが顔を上げる。ただしすぐにちゅーされた。
 しかもこれまでみたいな触れるだけの優しいのじゃなくて、食べるみたいに長々としたキス。若干酸欠になってくらくらしている私に「もっと」と、殆ど休憩のないまま再開されてしまった。
 あ、これ私が思ってるより妬いてるな。まだまだ直りそうにない彼の機嫌にちょっと怖々しつつも、ヤキモチ焼きな彼を可愛いと思ってしまう。もうね、こればっかりは大好きなのだから仕方ない。
 エースの髪に指を通し、頭を優しく撫でる。ツムにした時よりも長くなるように。そうして私はエースの唇を受け入れ続けるのだった。

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