ロマンチックプリズム
「って指輪付けるの苦手なの?」
エンドロールが流れ終わったのを見届けて『さて、そろそろ寝ないとな……』と映画の余韻から日常へ気持ちを切り替えたタイミングだった。
エースがそう尋ねてきたのはおそらく、お互い明日は休みだからと先程まで見ていた映画が指輪を題材にしていたからなんだろう。
「苦手なわけじゃないよ。ただ傷つけそうだから避けてるだけで」
彼の質問にドキッとしてしまったが、何とか取り繕って自然な反応を示す。
エースが腰掛けているのは同じソファの隣、この至近距離ではちょっとした違和感でも拾われてしまうだろう。だけど学生時代に培った度胸を存分に発揮して、もっともらしい言葉を返せたように思う。
ただエースには元々の察しの良さと、学生時代から交際し始めて現在はこの通り同棲中と長らく付き合いがあるので全く油断はできないのだが。
「ふーん」
先程の動揺でおわかりいただけると思うが、思いっきり嘘だ。実のところ指輪には苦手意識があって、でもその理由については言えない。エースが確実にへそを曲げるが目に見えてるから。
というのも初恋の男の子に関する話なのだ。その子に指輪を貰って、けれど結局失恋してしまった。そんな、ありふれた苦い思い出。
それが地味に心の傷になっているのだと思う。だからか大人になってからアクセサリーをよく身に付けているけども、指輪だけはなんとなく付けようとする気が湧かなかった。
苦手という嘘と、傷つけそうと考えてる事実を織り交ぜていることがバレやしないかヒヤヒヤしていたが、ひとまず乗り越えられたらしい。
エースはそれ以上深く追求してこなかった。ただし勘の鋭い彼のことだ。泳がせているだけかもしれない、という疑念は多少残るけども。
「じゃ、明日のデートで行きたい店あるから着いてきてよ」
◇
「えっと……このブランドはメンズジュエリー扱ってなかった気がするんだけど……」
「知ってる。というか別にオレのやつ買いに来たわけじゃないし」
明くる日、エースに連れて行かれたのは愛用しているジュエリーショップだった。
何も買わずに出て行くのは気まずい。だから店の前で引き留めてみたのだが、ちゃんとわかった上でこの店を選んだらしい。エースもわりとアクセサリーを付けるのでそれを買いに来たのかと思ったんだけど違うのか。
「婚約指輪、買いたいんだよね」
「……婚約指輪」
「結婚前提なのにまだ渡してなかったじゃん。とりあえずお前が気に入ってるところにしたけど、他のブランドが良いとかある?」
突然の事に面食らいつつも首を横に振る。じゃあ行こ、と私の手を引いて堂々とエースは店内へと足を運んだ。
◇
出迎えてくれた店員さんにエースが用件を伝えて、店の一角へと案内される。
普段は見ないから知らなかったけど、ショーケース丸ごと一個分スペースを取っているらしい。きらきら、たくさんの宝石がガラス越に輝いている。
あまりの眩しさに、これは時間がかかりそうだなあと考えたその瞬間、一つのリングにパッと目を奪われた。
店員さんから見てもわかりやすい反応だったらしい。フィッティングいたしますか?との声かけに頷く。
指輪をはめるなんて何年ぶりだろう。薬指に付けてもらった後、照明に手をかざす。散りばめられた小粒のダイヤ、その中央にルビーが飾られている。
あまり詳しいわけじゃないけど珍しいデザインだと思う。普通、婚約指輪や結婚指輪はこんな風にカラージュエリーを活かすのではなく、永遠の愛を意味するダイヤモンドを主役にすることが多いから。
でも私はもうこの指輪しか考えられない。シンプルながら華やかさもあって、何よりこの指輪はエースの瞳の色を思い出させてくれる。
「そちらは婚約指輪と結婚指輪の兼用タイプとなっております」
店員さんから追加された説明に好都合だと思った。
もともと付け慣れていないから、婚約指輪と結婚指輪両方貰ったら持て余すだろうと考えていたから。その考え含めてエースに伝えれば「お前って欲ないよなー」と苦笑いしつつも、彼は購入の手続きを始めたのだった。
◇
「魔法ってすごいね!」
「めちゃくちゃ今更なこと言うじゃん」
店を出た私達は手を繋いで、他愛もない会話を重ねる。
既製品とはいえ、元の世界であればサイズ直しや刻印で早くても受け取れるまで一月はかかっていただろう。だがここは魔法がある世界。
どちらの作業も店の魔法技師さんによって一瞬で完了してしまった。
エースは手が綺麗なので指輪がよく似合う。だから早速さっき購入した指輪も付けこなしている。
ただ何故かエースは自分だけその場ではめて、私の分はケースに入れてもらっていた。その依頼をしていた時、店員さんがやけに温かい視線を向けていたのが気になったが聞けずじまい。
そういえば今はどこに向かってるんだろう。エースに手を引かれるまま歩いてきたけど。
しばらくして見覚えのある門をくぐる。
ここ、以前連れてきてもらった植物園だ。ハーツラビュルのように万年薔薇が咲き誇るそこはハートの女王の庭のモデルになった場所らしい。
華やかな薔薇の匂いに包まれながら、メインの温室ではなく、脇道へとエースは進んでいく。
そうして大きな噴水の前へと辿り着いた。知らなかった、外れにこんな場所があったのか。温室から離れているからか、私達以外の人気はないが、ここも何か有名なスポットなんだろうか?
洗浄魔法をかけたエースによって噴水の縁に座るように促される。現状がよくわかってないまま腰掛ければ、エースはその前に跪いた。
戸惑う私の左手を取って、エースは薬指に先程買ってくれた婚約指輪をはめてくれる。
「えっと、エース……?」
「ここ、ハートの女王がプロポーズされた場所らしいんだよね」
さっきみたいに、そう呟くエースの頬は少し赤い。
たくさん資料が残るハートの女王に対して、あまりハートの女王の伴侶の話は出てこない。だけどもその夫婦仲がとても良かったことは有名な話だ。
「それにあやかってプロポーズするのが薔薇の王国ではメジャーというか……こういうの、お前好きじゃん」
だから薔薇の王国では彼女らにならって、夫婦のエピソードをなぞることが多い。なのでエースが今してくれたこともその一つなのだろう。ジュエリーショップの店員さん達の視線の意味を悟る。
数あるエピソードの中でもおそらくかなりロマンチックなシチュエーションだ。さらっとこなしているけれど、エースとしてはこっぱずかしかっただろうに。私が喜ぶから、言葉の端から感じ取った彼の愛にはにかむ。
「うん、好き……エース、ありがとう。すごく嬉しい」
彼が贈ってくれたエースの色が指の上でキラキラ輝く。その眩しさがずっと心に残っていた澱をかき消していく。
あれだけ付けるのが嫌だったはずなのに。今の私はしっくりと馴染む彼の愛の証を二度と離したくなくて。永遠の愛を誓うかのように指輪の赤に口付けた。