ダメなだけでイヤじゃない

 は暖色と寒色なら暖色の方が好き。特に赤系統の色が好きだと言っていた。
 それから記号はハートが一番好きなんだとか。昔はそんなにこれといったものはなかったけど、オレに恋をしてからはついハートに目が行くようになってしまったらしい。
 そんな感じで「エースのマークだから気が付いたら買っちゃってたんだよね……」と真っ赤なハートがプリントされたマグカップを手にはにかむ彼女に、胸がギュンッとなったのは記憶に新しい。
 だから、つまり、なんだ、彼女がコレをいつもこっちの面を向けているのは単純に好みの問題であって。決して本来の用途は考慮されていないのだ。

「……まさか、わかってないとはなあ」

 歯を磨いているだろう彼女をベッドの上で待ちながら、連日、もちろん今日もYES表記で並べられた枕を見ながらオレはぼやく。
 これはオレ達夫婦が用意したものじゃなくて、オレの同僚が結婚祝いに押しつけてきた品だ。新婚にはぴったりだろ?とニヤニヤ渡してきた顔もプレゼントのチョイスも本当に悪趣味だと思う。
 アイツらが寄越してきたのはYESの面がピンク地に赤いハート、NOの面は水色に紺色でクロスマークが描かれている一番メジャーなタイプ。最近主流になってきてるらしいモノトーンのスタイリッシュなやつだったら、たぶんこんなことにはなってないだろう。
 オンボロ寮のゲストルームに遊びに行ってた時に知ったのだが、はレイアウトを変えたりするのが好きだから。同じぐらいの好みのデザインだったら定期的に表面と裏面を入れ替えてるはず。
 でも何もわかってないはこの枕を持ってきてからというもの、いつもこの好みのYES面が見えるように置いていた。
 で、てっきりお誘いされていると勘違いしていたオレは毎晩張り切ってめちゃくちゃに彼女を抱いていたわけだ。
 だってこれ、有名なジョークグッズだから当然使い方を知ってるものだと思ってたし、恥ずかしがり屋ののことだからしたくても言い出せないんだろうなって。
 つい先日、食べちゃおうとした時に「生理始まっちゃったからごめんね」と断られて、ようやく「アッ、コイツ使い方わかってねえ」と気付いたけども。

「エース、おまたせ」
「ん」

 寝る準備が整ったらしいが寝室に入ってくる。ベッドの上、オレの隣にちょこんと座った彼女におやすみのキスをする。
 この習慣は結婚するに当たって「薔薇の王国の夫婦は毎日いってきますとかのキスが常識」とをそそのかして生まれた。今では嘘だとバレているけどもは受け入れてくれるのでしれっと続けている。
 が生理中である以上、後は寝るだけなんだけど、今日はその前にこの枕について話しておこうと決めていた。
 よくよく考えたらは異世界出身なんだから、この枕の存在知らなくてもおかしくないんだよな。まだこっちの世界に来て十年も経ってないわけだし。常識ですら追いついていないのに、こんなエンタメ要素なんてなおさら知り得ないだろう。
 は生理中、オレにおなかを撫でられると安心するらしい。なので横たわる彼女のおなかをさすりながら、が寝る前に話しかける。

がいた世界ってYESNO枕なかったの?」
「いや、あったよ。ご長寿バラエティ番組の景品でね、日曜のお昼にやってたから子供の頃はたまに見てたなあ」
「へーその番組ってどんな内容なの」
「新婚さんを呼んでなれそめとかインタビューしたり、豪華景品が当たる神経衰弱するんだったかな、確か。あの枕はそのゲームの景品であった気がする」

 今なら私達も出れたかもしれないんだけどな〜と、ふにゃふにゃが笑ってる。
 もう何年も見ていないからだろう、が語る番組の記憶はだいぶあやふやだった。でも全くあの枕について知らないわけではないらしい。
 というか話聞いてる限り、そんな番組の景品ならわかりそうなものだけど、なんでそこまで材料揃ってて気付いてないんだよ。子供の時ならともかく、今だったらアレってもしかして……ってなるでしょ。変なところでニブいよな、まあそんなとこも可愛いと思ってるけど。
 ひとまず今回みたいなことがあったら困るし、あと普通にYESのままだとオレの情緒によろしくないので、ちゃんと説明しておかないと。

「あっ、えっ……そ、その、封印します……」
「そうして」

 かくかくしかじか。つまりこれは夫婦の営みの意思表示だとしっかり解説したところ、顔を真っ赤にしたが枕を裏返す。動揺しすぎて敬語になってるのがちょっと面白かった。それで充分なはずなのに視界に入るのも恥ずかしいのか、は更に枕を背中側へと移動させていた。
 ただセックスはできなくてもイチャつきたいのはも同じらしい。片付け終わったところで、ぺたっとオレにくっついてくる。そんな彼女を抱きしめて「おやすみ」との額に口付ける。
 こうしてオレの情緒にとって平穏な夜を迎えることができたのだった。

「は?」

 まさかの用途わかってない事件から早一週間。寝室でを待とうとしていたオレはベッドの上に鎮座するそれに思わず声を上げていた。
 封印すると宣言したとおり、の手によってクローゼットにしまいこまれていたはず。だというのになんでまたここにあるのか。しかもYESの面だし。
 いやそりゃ、そろそろ終わるかなーとは期待してたけど、まさかこの形で表明されるとは。
 まあの性格を考えると口で報告するのは難しかったのかも。どうもお国柄というやつか、の国だと性に対して積極的なのはあんまりよろしくないっぽいから。
 ともあれせっかくOKもらえたことだし、素直に受け取っとこ。

「よくよく考えると、これ、案外便利なのかも」

 今まで断られたことなんて生理以外なかったけど、だってヤりたくない気分の時だってあるだろう。でもたぶんはオレに求められたら押し切られてしまうし、オレも甘さについ漬け込んでしまうから。
 だけどこれならオレに言いくるめられることなく、穏便にNOと伝えられる。セーフワードならぬセーフアイテム、あって困ることはないだろう。そう思いながら、なんとなくオレは枕をひっくり返す。

「……は???」

 裏とは違うデザインでYES表記。もう一回ひっくり返してもやっぱりYES。よくよく見ると違うデザインの方はプリントじゃなくて手縫いだった。わざわざ上から縫い付けたらしい。意味教えてやったのにこうするって、つまり。おまっ、お前なあ……!
 お望み通りめちゃくちゃにしてやるからな!とその夜、めちゃくちゃ営んだオレは知るよしもない。まさかできない日以外は毎日置かれて、オレの情緒はやっぱりぐっちゃぐちゃにされることを。

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