合鍵をあわせたい女の子の話
「エース、これ、もらってくれないかな」
私としては信頼の証だけれど、付き合って半年の恋人相手にはめちゃくちゃ重くないかと一晩悩みつつも、結局やっぱり渡そうと決めたそれをエースに差し出す。
学園の昼休みとかに何でもないようにサラッと渡せればベストだったのだが、あいにく私はそんな器用な性格をしていなかった。たぶんエースはできると思うけど。
だからオンボロ寮に遊びに来た彼と、映画を一本エンドロールまで見終わった余韻で良い雰囲気になってる時に切り出してみた。
「鍵? これ、どこの? なんかガチガチに魔法かかってるっぽいけど」
彼の手に渡ったそれをくるくるとエースは指で回す。魔力の無い私からすれば防犯性の低そうな造りにしか見えないが、魔法士の彼はただならぬ雰囲気を感じているようだ。そのわりには手遊びに使ってるけど。
「ウルトラゴージャス寮の鍵だよ」
「うる……? ってオンボロ寮の鍵じゃん!」
なんだか急に恥ずかしくなって、つい親分が付けた名称で説明したところ、エースがツッコんでくる。デュースやフロイド先輩とかのやりとり見てて思うけど、エースっていつも良い反応してくれるよなあ。
エースの手にあるそれは高級そうな寮名に対し、さっきも言った通りシンプルなデザインで、いくらでも複製できそうな感じである。
だがイデア先輩によって生まれ変わった新オンボロ寮はセキュリティレベルが跳ね上がり、そこに合わせて作られたこの鍵も見かけに反して……というわけだ。
「昔は解錠魔法でホイホイ入れたけど、今はその鍵持ってるか、私が招かないと入れないからさ。あと窓も屋根も壁もダイナミックお邪魔しますよ!できなくしてもらってるし」
「お前、壊して入るの、そんな呼び方してんの? ……って案外抜けてるから確認するけど、お前の分はちゃんと持ってるよな?」
「さすがに私とグリムの分は確保してるよ。予備もあと二本ある、使うことはまずないけどね。その鍵、登録した人しか使えないし、一定距離離れると自動で手元に戻るようになってるから」
「どおりでえげつない魔力感じるわけだわ」
あえて伏せているが、イデア先輩に作ってもらって、学園長や先生方に魔法をかけてもらって、ツノ太郎に祝福してもらったおかげで複製はまず不可能だ。そんな具合なので、これ、たぶん普通に合鍵渡すよりも格段にヤバいよなあ。
なんて密かに思っていれば、エースも何やら考え込んでいる。饒舌な彼と過ごしているとは思えない静けさに私は妙な緊張感を覚えていた。
「さっきの話踏まえて聞くけど……お前、これオレに渡すってどういうことか、ちゃんとわかってる?」
エースがリモコンを操作したのだろう、テレビの電源が落ちた。おかげで元々電気を消していた部屋がますます暗くなって。
鍵を握ってない方の手でエースは私の頬を撫でる。普段からよく受けているスキンシップのはずなのに、なんだか今日は全く違うものみたいに思えてしまう。
えーす、と彼の名前を呼んだ私の声はいつもと比べて随分頼りなかった。
「盗むようなものないから、とか思ってない?」
エースは意外と心配性だ。でも今回の問答は私を心配して口出ししているわけじゃない。いや、心配もあるけど、きっとそれだけじゃなんだと思う。
暗闇に慣れてきた目はしっかり彼の表情を捕らえる。ジリジリと私を焦がすような熱を帯びた視線。彼が私にそんな目を向けてきたのは一度や二度じゃない。でもいつもならすぐに隠してしまうそれを今日のエースは晒したまま。
「お前さ、グリムと一緒でちょっと物音立てたぐらいじゃ全然起きないの、オレ知ってるんだけど」
私が男の子だと勘違いしていた頃はよく泊まりに来ていたから、その時に知ったのだろう。脅すような口ぶりだった。
ただこの発言で、エースには私が無力なくせ、あまりにも危機感がない女に映ってるんだろうなと気付く。でもその認識は間違ってる。だって、私。
緊張に口の中が乾いてる。彼の顔が見えているんだから、エースにも私の顔がバッチリ見えているんだろう。せめて俯いてみるけれど、きっと私のみっともないほど赤くなった肌は隠しきれない。
エースは優しい。私がいつもエースにドキドキして、全然慣れる気配がないから、いっぱい我慢してくれてる。
「……エースなら、いつでも来ていいよ」
でも、私はエースのその優しさを無碍にしたかった。そんな悪い女の言葉に彼の目が丸く大きく見開かれる。尖らせる直前に動いたエースの唇は「ばか」と言っていた。
「意地悪言うなら返して」と本気じゃないけど、叱られた仕返しに口にすれば反論代わりに唇を塞がれる。
「絶対返さない、もうオレのもんでしょ」
口を離すとエースは懐に鍵をしまい込んだ。そして私はソファに押し倒される。
私に覆い被さる彼は今まで見たことのない目をしていた。綺麗なチェリーレッドの中でどろどろと煮詰まった執着が肌を撫でる。知ってたつもりでいたけれど、もっともっと大きなものを彼は隠していたらしい。あるいはエースに渡した鍵でそれを開いてしまったのかもしれない。
なんにせよ、返さないのは鍵だけじゃないんだろう。そう確信しながら私は再び近づいたエースの唇ごと受けとめる。
深まるキスにぴたりとくっつく胸元。互いの感情を乗せたかのよう、彼の胸ポケット越しに触れた鍵は私の手にあった時よりも重い気がした。