お気に召すまま

『エースが好きそうなパンツ買ったから楽しみにしててね!』

 いや絶対パンじゃん。
 買い物帰りの彼女から届いたメッセージを眺めて、口に出さずにオレはツッコミを入れる。荷物のせいか、それとも急いでいたのか、なんにせよ酷い操作ミス……いや予測変換もあったもんだ。なんでお前パンよりパンツが先に予測に来てんの?
 そう、オレはちゃんとわかってる。なのにスマホ片手に意味も無く、ついでに落ち着きもなく、廊下を行ったり来たりしていた。
 ある意味、歩きスマホになるのかも。なのでリドル元寮長や新人警官のデュースに見られたらしょっぴかれているところだが、幸いここはオレとの家。その心配は無用だった。
 ほぼ確実にパンだと思ってる。99.9%パン、たぶんチェリーたっぷりとかそんなやつ。なのにオレはたった0.1%の可能性に踊らされていた。

 付き合い始めた頃の彼女だったら間違いなくパンだったし、お前パンツと間違えるとか普段どんな文章打ってんだよ!と全力でネタにしたことだろう。
 だけどオレとの交際を経て、今の結婚前提の同棲中のならばワンチャンまじでパンツの可能性がある。時折オレを興奮させる為に自らエロ下着を仕込んでたりするし。その一工夫なくても毎回めちゃくちゃにされてんのに。オレがそんな風に育てました。
 この間だってオレがあんまりにも疲れてたから言い出せなかったけど、実はムラムラしてたらしくってドスケベな下着付けてたからね。そんな気配一切させなかったけど、はめちゃくちゃ労ってくれてさあ。そんな健気な彼女につい疲れよりもイチャイチャしたい気持ちが勝って、清楚なワンピースを脱がした途端、出てきたエロエロ下着に目ひん剥いたな、あの時。
 あんなウブそうな見かけなのに。他にも何枚もそういうことの為の下着が彼女のクローゼットには入ってる。決して恥ずかしくないわけじゃないけど、オレが喜ぶからって理由で頑張ってくれるんだよな。
 普段の性の匂いが全然しないしか知らない奴からすれば信じがたいことだろう。ま、オレ以外の奴が知る事なんてないんだけど。
 そういえば、映画デートの後に見せてくれた紐パン、めっちゃエロかったな。生理終わったら、また履いてもらえるようリクエストしよっと。

 ってそうじゃん。、今、生理中じゃん。だったらなおさらパンツとか買わないでしょ。
 パンツなんて試着するものじゃないとはいえ、きっとセックスの時の小道具を買おうなんて気分にはならないと思う。オレは男だから実際のところはわかんないけど。でも数日前のとびきり体調悪そうだった時の姿からして無理だろうなって。
 おそらく、まだ終わってないってことはしんどいんだろう。だからオレが会社帰りに買い物してくるって言ったのに、今日はの退勤ルートのスーパーの方が卵安いからって断られたけど。

「エース、ただいまー!」
「あ、おかえり」

 うろうろしながら考え込んでいるうちに、すっかり時間が経っていたらしい。弾んだ掛け声と共にが帰ってきた。
 玄関先に出迎えたオレには目を丸くしている。それもそうだろ、いつもはリビングで待ってて扉が開く音してから玄関行くし。
 なんとなく恥ずかしくなってごまかすようにいつも通りおかえりのキスを交わす。だが残念ながら今回は流されてくれなかったらしい。ふにゃふにゃとは笑っている。

「そんなに待ちきれなかった?」

 そう言って彼女はエコバッグを探り、取り出したそれをオレの前に掲げる。

「じゃじゃーん! その名もチェリーデラックス! 新商品らしいけど最後の一個がたまたま残ってたんだ〜!」

 チェリーが零れんばかりにふんだんに乗ったデニッシュパンを。
 うん、お前の言うとおり、すごい好みだわ。お前わかってるじゃん、オレだってわかって……。

「やっぱパンかよ!!!!!」
「えっ?! パン、嫌だった……?」

 膝から崩れ落ちたオレにが「えっと、じゃあ明日の朝食、シリアルにする……?」と訊ねる。そうじゃないけど言えるわけがない。
 あと間違いなく美味しいのはわかってたから朝食はチェリーデラックス食べた。その時なんか微妙にしょっぱく感じたのはきっと気のせい。

「エース、今ちょっといいかな?」
「ん、どうしたの?」
「エースに選んでほしいものがあって」

 の生理が終わって、ついでに明日休みだからと盛り上がった夜の次の日。
 昨夜は一晩中いちゃついたことだし、後はまったり過ごすかとソファの上でオレは今からと観る映画のDVDを選んでいた。
 そこにおそるおそるといった様子でが声をかけてくる。その手には何やら分厚いカタログがあった。なんだろうと思いつつ、彼女が隣に座れるようにスペースを開ける。
 「ありがと」と言うと腰掛けた彼女はふせんを付けていたページを開いてオレに見せてくる。

「あの、エース、どれが好き……?」

 恥ずかしそうに訊ねてくる。彼女が開いているページが扱っているのはどこからどう見ても、セクシーランジェリーと呼ばれるそれで。
 どうやら数日経った今になって彼女は自分の間違いと、ついでにオレの馬鹿らしい真実にも気付いたらしい。真面目で敏くて、オレのことが大好きな彼女に、あの醜態という名の推理材料を見せた自分が馬鹿だった。
 その時に気付かれてもやばかっただろうに、現状だと時間差という最悪のスパイスのせいで、オレの情緒は取り繕いようのないめちゃくちゃ具合である。耳やら頬が熱くなっていくのは羞恥か、はたまた期待か。
 もはや今のオレにできることは「これ」と最低限の言葉で、チェリーデラックスより甘くて刺激的な赤を指差すことだけだった。

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