最後が一番欲しかった
「実はね、もう一つ渡したい物があるんだ」
寮でのパーティを終えた後、私の彼氏であるエースはオンボロ寮へと尋ねてきていた。
私と彼が付き合っているのは周知の事実だが、さすがに皆が見ている前で渡せるほどの度胸はなく、こうして二人っきりになってから用意していたプレゼントを渡して。
先に贈ったスポーツタオルに嬉しそうな表情を見せるエースに私は切り出す。
それにきょとんとしている彼へ、透明の小さな包みを差し出した。
「……ミサンガ?」
「せっかくだから手作りの物も贈りたいなあと思って」
デザインは黒と赤のねじり結び。
シンプルでありながら、程よくかっこよさもあるデザインにしておいた。
これからの季節を考えるとセーターやマフラーも考えたけど、好みから外れていたらキツいだろうし、長く残る物だから負担になるかなと。
他にもお守りも候補に挙げたけど、こちらの世界には私が思ってる形はあまり馴染みがないし、処分に困る気がする。
そこで私の世界と同じ扱いをされているミサンガにしたのだ。
これだったらもう一つのプレゼントとしてもちょうど良いと思ったのだけれど。
受け取ったミサンガを見ながら、エースは複雑な表情を見せている。
……もしかして迷惑だったのだろうか。
「その、やっぱり手作りとか重い? デザイン苦手なやつだった?」
「別にそういうのじゃなくて、ミサンガってすぐ切れるじゃん。これ特に細めだしさ」
「うん。バスケをやるなら手よりも足首に付ける方がいいって調べたんだ。それで足首だと細いデザインの方が似合うから」
「……こっちの世界だと、切れたら即捨てるものなんだけど」
「知ってるよ。残しておくと『願いを叶えなくていい』って意味になっちゃうんだよね? どこかで祝福を受けたとかじゃないし、切れたら普通に捨てて大丈夫だよ」
平静を装って対応したものの、どうしよう。答える度にエースの眉間の皺が深くなってる……!
処分が簡単、プレッシャーにならない軽さで、むしろ切れた方が縁起がいいってことだから負担にならないと思ったんだけどな。
一生懸命考えてみるが、何がダメだったのかわからない。このポンコツめー!
必死に考え込んでいた私の意識を引き上げたのは頬をぷにぷに押してくるエースの指だった。
面を上げて見た彼の顔はいかにも拗ねているといった様子。
「お前ニッブイね。好きな子からのプレゼントなら大切にしたいじゃん」
「……もしかして、エースってわりと手作りとか平気なタイプ?」
「アグリーセーターレベルじゃなかったら着こなせる自信あるけど?」
以前、手芸の本で見たけど、たしかアグリーセーターって……元の世界でも一時期流行った、クソダサセーターのことだった、はず。
つまりセーターなりマフラーにしろ少々不格好でも問題ないということなのだろう。
ある意味エースらしいけど、それにしたって凄い台詞だ。私は逆立ちしても言えない。
でもエースの顔面だと説得力しかないんだよな。だって顔が良い。
この反応は全く予想外だった。先程のやりとりを思い返して時間差で照れていたところ、エースがミサンガを足首に装着し始める。
「サイズぴったりじゃん」
「この前、エースが寝てる時にこっそり測っておいたからね。凄く似合ってる」
「とーぜん。あーあの日、なんかごそごそやってたのはそういうことね」
「……起きてたの?」
「その後、お前がオレの頬にちゅーしたのも知ってるけど?」
一週間越しに明かされた意地悪に、つい彼の胸を叩く。なんて奴だ!
その程度の照れ隠ししかできず、おそらく赤面しているだろう私は黙り込むだけ。そんな私にエースはニヤニヤと口角を上げる。
だがしばらく置いて彼は笑うのを止めて、私をまっすぐ見つめてきた。
さっきとは打って変わって、真剣な表情に思わず唾を飲む。心臓が痛い位に鳴っている。
あのさ、と切り出された声は普段よりも重い。
「もしオレの願いが、お前にとって酷いことだったらどうすんの?」
指摘されて気付いたが、そんなこと考えもしなかった。だってエースはいじわるだけれど、決して私が本気で嫌がるような事はしない。
だから言われた今も彼の願ってる内容がピンとこない。それが表情に出ていたのだろう。エースが躊躇いがちに唇を開いた。
「お前とずっと一緒にいられますように、とかでもいいわけ?」
「それのどこが酷いの? そりゃ『元の世界に帰れなくなりますように』なら、ちょっと怒るけど」
「同じ事じゃん」
「ううん、ぜんぜん違うよ」
私もエースの顔をまっすぐ見つめ返す。
ずっと前から考えていたけれど、彼の重荷になってしまうから言えなかったことがある。
でもさっきまでの会話で、むしろエースは喜んでくれるとわかったから、意を決して私はそれを口にする。
「私もエースとずっと一緒にいたい。だからね、もし帰る方法が見つかっても行き来できるようになるまで帰らないし、もし強制的に元の世界へ戻されたとしても周囲にお別れしたら絶対に戻ってくるから。約束する」
「……お前、かっこいいね」
「エースに似たんだと思う。よく言うでしょ、好きな人にはだんだん似てくるって」
「すごい殺し文句言うじゃん」
目を細めながら私を褒めた後、エースはぎゅっと抱きしめてくる。迷わずその背中に腕を回す。
私はこのまま元の世界には帰らないのかもしれない。そのことは少し悲しいけれど後悔はない。
もう私はこのぬくもりを手放せないし、どんな事があってもエースと生きていきたいから。
腕の力を緩めて、エースが唇を合わせてくる。軽く触れあっただけ、でも胸が幸せな気持ちでいっぱいになった。
「三つも嬉しいプレゼントされちゃったし、お前の誕生日は頑張らないとなー」
私があげたのはタオルとミサンガの二つ。
だから何の事だと尋ねようとした私の唇をエースがもう一度塞ぐ。
今度はさっきのキスとは違い、どんどん深くなって。重ねた唇の隙間から漏れる息が甘い。
必死に付いていくのが精一杯、最終的にはただ彼に縋ることしかできなくなる。
「楽しみにしとけよ、お前の誕生日には泣いて喜ぶぐらいのプレゼント用意してやるからさ」
きゅっと指を絡めるようにエースが私の左手を握り込む。
そんな彼の顔は悪巧みしている時のようでありながら、嬉しさを隠しきれないとばかりに口元が少しほころんでいる。
予告した日に渡されたびっくり箱。
その中にあったビロードのジュエリーケースに、彼の宣言通りになることを今の私はまだ知らない。