カウントアップはもうおしまい
つい一月ほど前からエースの頭の上に謎の数字が見えるようになった。
これについてだが一応、心当たりはある。
ちょうどその頃、学園長から依頼された温室の水やりを行っていたところ、ぐったりしていた妖精を見つけて。
慌ててその子を介抱したのだが、妖精の口からは「ロマンスが足りねえ……」と。
本人曰く、彼女は恋を司る妖精だが、ここ最近そういう気配が全く感じられず、エネルギー不足だったらしい。
まあここ男子校だしな……なんでRSAに行かなかったの……?なんて疑問を抱いていれば、突然、彼女は私に飛びついて「なにか貴方から良さげな恋の匂いがする!! 聞かせて!! 私の命がかかってるの!!」と縋ってきた。
あんまりにも必死すぎて怖かったが、話すまで逃がしてくれそうもないので、諦めて彼氏であるエースとの恋バナを聞かせたのだ。
それによって最初のしなびた状態が嘘のように、元気を取り戻した彼女は「お礼におまじないしてあげる!! なんか良い感じの雰囲気になるやつ!! ラブラブになったら消えるから!!」と雑な説明と共に私へ魔法をかけて彼女は去って行った。
以来、エースの頭上に謎の数字が浮かぶようになったのだ。
これは私しか見えておらず、数字が増えることはあっても減ることはない。
あとカウントが増えるのは決まって私と一緒にいる時だった。
一月かかっても私がわかった事はそのくらい。
先生達や妖精代表ということでツノ太郎にも聞いてみたが、妖精のまじないというのはかけた本人しかわからないらしい。ただ悪意的なものではないから大丈夫だろうと。
当事者だからエースにも事情を話していて、増えたらそのタイミングで報告していた。
だから彼は早々にあの数字が何を意味してるのか、わかったらしい。
なのにエースは私に何をカウントしているのか、教えてくれないのだ。意地悪だ。
それに何度もキスとかイチャイチャしてるのに数字はいっこうに消えない。
私達、学園の皆には隠してるものの、ちゃんとカップルしてるはずなのに。すっっごくラブラブなのに!
妖精さん、見る目がなさ過ぎじゃないかな。
「こーら」
「ん、ぎゅ」
「こんな時に何の考えごとしてんの」
頬をむにっとつままれて変な声が出た。
手の主は不機嫌そうな彼氏、ついさっき私とキスしていたエースである。
放課後のオンボロ寮、私の部屋で二人きり。となれば、イチャつかない理由がなかった。
そう、今だってこうやって恋人らしい事をしている。でもエースの数字は消えてない。ただまたもや数字は一つ増えていた。
最初のカウントアップはキスした後だったから、てっきりキスの回数かと思った。
でも数字はそれ以外の時も増えていって、今じゃ見え始めた頃の二倍近くになっている。
「……もしかして、これ?」
エースは私の頬から手を離して数字を指差す。
私の視線で察したのだろう。見えていないはずなのにピンポイント、そんなに私の目線ってわかりやすいのかな。
頷く私に「また増えてた?」と追加で質問してくる。それにエースはやっぱりおまじないの内容を把握してるんだなと思い、同時にずるい!と悔しくなった。
「エース。意地悪しないで、いいかげん教えて」
「前も言ったけど意地悪じゃなくて、むしろ優しさなんですけど」
「そんな事言われても内容わからないんだから信じられないよ」
ベッドの淵に腰掛けていたのをいいことにそのまま後ろへと倒れ込む。
私にわかりやすく優しくしてくれるのはこうして体を包み込んでくれているマットレスだけだ。
拗ねながら天井のシミを数える。古い建物なのもそうだけど、雨漏りしていた事もあってシミは数え切れないほど散らばっていた。
なんかあのシミ顔みたいでちょっと怖いな、なんて考えつつも不毛なカウントをしていれば、エースの体がそれを邪魔してきた。
「……本当に知りたい?」
覆い被さってきたエースの顔はひどく大人びて見える。どくどく、心臓が唸る。今まで見た事がない彼の表情に私は慌てふためいた。
いつもの彼なら私がこんな風にどぎまぎしているのを笑ってからかうのに。こんな風に熱っぽい視線を向ける彼を私は知らない。
そうこうしている間にエースの顔が近づいて肌に吐息が触れる。その甘さに混乱は増すばかりだ。
「え、えーす……」
「オレがこういうこと我慢した回数」
「へ……?」
「消える条件は……たぶん我慢を止めた時なんじゃない?」
つまり、それって。
彼の言葉から理解しようとした私を遮るようにエースはキスをする。さっきと同じ、触れるだけのキスだった。
唇と同じくしてエースは体も離す。ちらっと確認したところ、また数字は増えている。
打って変わって彼はいつもの雰囲気に戻っていた。というより、そう見えるように装ってくれているのだろう。
なるほど。確かにエースの言うとおり、彼の優しさだった。臆病な私に何のカウントか言わないのも、数字が増えていくのも。
謎が全て明らかになったところで、私は起き上がってエースの服をきゅっと掴む。
「だったら……消して、ほしい」
再び私の体がベッドに沈む、今度は彼の手で。
あとはさっきとは違うキスの直前に「明かりも」と告げるのが私のできる精一杯だった。