ファーストキスは二ヶ月前

 エースの手は綺麗だ。
 まず元々の素材が良い。指は長くてしなやかだけど、手の甲は意外にも骨と血管が浮かんで、ごつごつと男らしいしカッコイイ。部活でのプレイに支障が出るからと適度に切り揃えられた爪も実に美しい形をしている。
 その上、趣味の関係上よく見られるからなのか。しっかり手入れされていて、ささくれ一つ見当たらない。更に仕草も優雅で魅力的と来ている。
 清潔感があるのにセクシーで、手フェチではなかったはずの私ですらうっとりしてしまうようなものをエースは持っていた。
 と言った感じで、私はエースの生身の手が好きなのだけども。

「ちょ、ちょっとだけならいいよね……」

 目の前の無造作に脱ぎ捨てられた彼の手袋に、私の視線は釘付けになっていた。
 いつも通りオンボロ寮へ遊びにきていた彼はつい先程「トイレ借りるわ」と、これを外して部屋を出て行った。
 念のため、周囲を見回すが私以外の気配はない。恋人同士である私達を気遣ってグリムは外出しているし、ゴースト達も各々この部屋から離れてくれていた。
 そして、この部屋からトイレはそれなりに距離がある。深呼吸を一つ。ドキドキする心臓から意識を逸らしつつ、彼の手袋をはめてみる。

「……ぶかぶかだ」

 こうなるのはわかっていた。それでも私は「おお……」と感動じみた声を発しながら、手袋に着られている自分の手を眺める。
 エースはよく手を繋ぐ。いつも気付けば、さらっと私の手を掴んでいる。友達の時からスキンシップ多いなとは思っていたけれど、それにしたって最初の頃はびっくりしたものだ。
 異性と手を繋ぐのは初めてじゃない。幼い頃は男の子の友達としょっちゅう繋いでいたし、中学でもフォークダンスとかで機会はあった。
 でも好きな人となると全く別物なんだなって。
 指を絡ませてぎゅっと握り込んでくる彼の手は自分のそれを包んでしまうぐらい大きかった。今こうして彼の手袋をはめた事で、改めてその違いを実感する。
 エースの綺麗な指先を思い出し、早まる心臓を落ち着かせるかのよう、胸元できゅうと両手を握り込む。
 私は生身の手が好きだと言ったが、実はここ最近になって手袋を付けてるのも良いなあと思うようになっていた。
 エースの付けてるレザーの手袋はラインがしっかり出ているのだが、それが更に彼の手の美しさを引き立てている。
 あと不思議な話だが、もう片方でいくらでも見れるのに、手袋からちらつく手首になんだか目が行ってしまうのだ。
 もしかしてチャーム効果のある魔法の手袋なのか。そんな頭の悪いことを考えて、だからこうして借りてみたのだけども。
 自分が付けてわかった、これは単なる手袋だ。エースが付けてるから魅力的に見えるだけで。また一つ賢くなったな、私。
 なんて密かにドヤ顔を決めていた、その時だった。

「なーに、可愛いことしてんの?」
「ひえ」

 スツールに腰掛ける私へ後ろから抱きつきながら、エースが声をかけてくる。
 それにびょんと跳ねる自身の体、ついでに変な声も漏れて。手袋に夢中になりすぎて彼が戻ってきた事に全然気付けなかった。
 体勢はそのままに生身の方の手を取られ、恋人繋ぎにされる。にぎにぎと緩く握り込んでくるのがくすぐったい。

「お前、やっぱ手ちっちゃいね」

 ぶかぶかの手袋を見て思ったのか、それとも繋いだ手から感じたのか。
 絡んでいた指が離れて、すぽっと手袋が抜き取られる。そしてまもなく元の場所、エースの左手へと戻っていった。
 うん、やっぱりあれは彼の手にあってこそ輝いて見えるんだな。
 エースの左手が私の首筋をすりすり撫でる。あいにく私はねこちゃんじゃないので喉を撫でられても、ハテナしか浮かばないのだけれど。
 レザー独特の滑らかな感触が何度も何度も私の肌の上を滑っていく。

「エース、何してるの……?」
「お前、オレの手、好きでしょ。いつもすごい見てるし」

 図星を付かれ、言葉に詰まる。
 私が固まっている間に手袋による猛攻が終わり、今度は逆の手がおなかを撫でてくる。ものすごく出てるわけじゃないけど、スマートな彼に触られるのはちょっと辛いものがある。
 だから逃げようと身をよじれば、背もたれ代わりになってる彼にぎゅっとホールドされてしまった。ひどい。
 、とエースが私の名前を呼ぶ。その吐息は何故かキスした後のような甘さと熱を含んでいた。

「手フェチの女の子って触られたい男の手を好きになるんだって」

 え、と反射的に声を漏らしたけども、エースの発言の意味を理解するまで数秒かかった。
 耳元で囁かれた知識を認識すると同時、エースのレザー越しの手が首を始点に、鎖骨、胸、腹を通って、私の太股へと着地する。
 黒色に覆われた指先はまるで何かを指し示しているかのようだった。
 そして、エースが続けた言葉に、その考えは正解だったのだと私は思い知る。

「お前の大好きなこの手で全部触らせてよ、

 ——これは私が彼の生身の手も、レザーの黒手袋も、しばらく直視できなくなる数時間前の話である。

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