召しませチェリーナイト
「で、オレの彼女さんはどんなイイもの、プレゼントしてくれるわけ?」
お昼頃伺ったインタビューぶりに再会した恋人はニヤニヤ小憎たらしい笑顔を私へ向けてくる。今夜こうしてオンボロ寮へ来るまでに散々祝ってもらっただろうにまだ足りないらしい。まあ私達の関係性からして、そりゃそうだろうけど。
期待値を上げられるのはたいへん困る。何せ急遽変更するはめになったせいで、自分でもどうかと思うようなプレゼントしか用意できてないのだから。
緊張に口が渇く。付け焼き刃とはいえインタビューの原稿を提出してからずっと練習しておいた。なのに、そのたった一言はなかなか出てきてくれない。
「……もしかして用意してなかったりする?」
「ち、違うの、その」
あんまりに狼狽えていたからだろう。寂しそうにエースが尋ねてくる。本当に違うのだ、ただいくらなんでもそれはないだろと自分でも思っちゃってるだけで。
言ってしまえば最後、きっとこの先ずっと彼の誕生日がやってくるたび、私はのたうち回ることになるだろう。
けど、ちょっと考えれば予想できていたはずのことを脳天気に決めてしまった私が悪いのだ。
ぎゅっと胸元で拳を握る。意を決して私は手首にリボンを巻き付けた左腕を差し出しながら、それを口にした。
「プ、プレゼントは私で……」
「……何があったわけ?」
今まで生きてきた中で一番こっぱずかしい台詞を言ったせいで、私はもうパニックどころの話じゃない。なのにエースがあまりに冷静に返してくるものだから、死にたくなるくらい恥ずかしくてしょうがなかった。
なんのこと?なんて、とぼけるには無理しかない表情をしてる自覚はある。
だから言い訳がましいとは思いつつ、私は白状する他なかった。
「……本当はチェリーパイ渡す予定だったんだけど」
「あー、そういうこと」
さっきの事といい、察しが良くて助かるっちゃ助かるんだけど、なんとなく複雑な気分だ。
チェリーパイは痛みやすいから元々何でもない日のパーティで滅多に出てこない、トレイ先輩がインターンシップに向けてお菓子作り担当を交代してからは尚更見かけなくなった。と以前エースがぼやいていたのが事の発端で。
しかもトレイ先輩からの引き継ぎの腕前はお世辞にも上手とは言えず、ぶっちゃけ私の方が上手だなと侮っていたのである。
だったらせめて誕生日には美味しいのを好きなだけ食べさせてあげようと、コツコツ溜めたバイト代でさくらんぼ缶やらパイシートを買いあさって、この日に向けて毎日のように練習して。
昨夜、最高傑作とも言える出来映えのチェリーパイを無事に作り上げ、自信満々に今日を迎えたのだけれど。
「まさか、パイ担当の人があそこまで上達してたなんて……」
「最近お前、何でもない日のパーティ来てなかったもんな」
二年に進級する一月前に開かれたのを最後にしばらく伺っていなかったが、まさかまさかの劇的ビフォーアフター。
見た目も(私は食べてないけどエースの様子からして)味も、お店で出されているレベルまで進化していたのだ。
「なーんかトレイ先輩レベルに到達するまで、授業中以外ほぼほぼキッチンに軟禁状態だったんだってさ」
エースの説明に対し、完璧主義のリドル先輩の命令なのか、禍根を残したくなかったトレイ先輩の案なのか、どっちにしても引き継ぎの人に少し同情する。
ともあれインタビューの会場にて見事なチェリーパイを目撃した上、それに舌鼓を打つ彼の写真を撮りながら私は焦燥にかられて。
代替えとなるプレゼントは浮かばないし、用意しようにもお金がなかった。
その結果、もう差し出せるものと言ったら私ぐらいしかないのでは……?と、トンチキ思考へと行ってしまい、今に至るというわけだ。
大暴走を恥じて今更しおれる私にエースは完全に呆れ顔。面目ない事、この上ない。穴があったら入るどころか埋められたいレベルで恥ずかしい。
「ちゅーですら真っ赤になるお前が突然あんな事言い出したらさあ。喜ぶより先に、まず『何事?』って思うに決まってんじゃん」
「ぐうの音も出ない……」
出会って一年、恋人になったのは半年前、短くはないが長くもない付き合いにも関わらず理解度高いな私の彼氏……。
たぶんエースだったらこんなトラブル起きないし、万が一起こしてもちゃんと私が喜ぶようなプレゼントをささっと用意できるんだろうなあ。
自分のふがいなさに落ち込んでいれば「それで」とエースは首を傾げる。
「お前が作ったチェリーパイはどこにあんの? 冷蔵庫?」
「……食べるの?」
「そりゃ用意してもらった以上、どっちも食べるに決まってんじゃん」
今夜はハートラビュルへお泊まりに行ってるグリムも、明日の昼には帰ってくるだろうから、練習の時と同じように彼へおやつとして出そうと思っていたのに。
もっと上等な品を散々食べてきたにも関わらず、エースはそれを当たり前のように言い切った。
太っても知らないよと思いつつも嬉しかった私は素直に頷く。どうやらさっきのとんでも発言も帳消しにしてくれるようだし、彼の提案を断る理由がない。
「そういえばさ」
早速食べに行こうとエースと共に部屋を出る。台所へと続く廊下を歩く最中、私の後ろから付いてきていたエースがふと思い出したように口にした。
「古いスラングだけど初めての女の子のこと、チェリーパイって言うんだよね」
「へえ、そうな…………」
初めての。彼のその発言の意味を真に理解し、勢いよく振り返る。
なんでバレてるとかじゃない。だってそれは付き合う時に初めての彼氏だって言ってるから知ってるだろうし。
じゃなくて! そういう事じゃなくて!
「男は普通にボーイなのにな」
ぱくぱくと口を開閉させて慌てふためく私に悪い顔で笑うエース。もしかしなくても、さっきのどっちもって……。
戸惑うあまり足を止めた私の横を追い越しながら、エースが手首のリボンをほどいて持って行く。
しゅるり、と小さなはずのその音がいやに大きく聞こえた。
「くれるんでしょ?」
真っ赤になって固まる私の耳元でエースは囁く。にやついてるのが腹立たしくて咄嗟に睨み付ければ、今度はちゅと唇までかすめ取っていった。
それに絶句してる私を放置してエースは浮かれた足取りで前を行く。口笛まで吹き始めるとかどんだけ浮かれてるんだ。
指摘した通り、こっちはさっきの軽いキスですら赤面してるっていうのに。心の準備なんて全く整ってない。
でも彼に言質を取られてしまった以上、どうしようもないのも事実。食いしん坊めと心の中でケチを付けながらも、私は彼の後を追う。
包装紙のように綺麗に服を剥がされ、熟れたさくらんぼのように真っ赤にされて。台所のチェリーパイが終わったら、私もまた同じように端から端まで美味しくいただかれてしまうのだろう。
ただ、せめてベッドまでは待ってほしい。それまでにはちゃんと誕生日プレゼントになれるよう覚悟しておくから。