キラーフレーズは君次第

「魔法も使えない、か」

 気付けば、ドアが一つとその上に看板が貼り付けられただけの殺風景な部屋にエースは監督生と移動させられていた。
 ドアノブはどんなに回してもガチャガチャと音を立てるだけ。しかも明らかに薄いベニア板のくせして、ドアは叩こうが蹴りとばそうがビクともしない。更には魔法が発動しないときた。
 妖精のいたずらか、はたまた誰かのユニーク魔法か、何にせよエース達はこの部屋に閉じ込められてしまったわけだ。横目で盗み見た監督生はなんとも居心地が悪そうである。
 普段ならオレと二人きりでも問題ないというか、楽しそうにしているのに。この状況は彼女にとっては好ましくないと。まあそれもそうか、とエースは以前、彼女が愛情表現を苦手とする民族であるという話を思い出し独りごちる。

(キザな口説き文句、ねえ)

 幸いかどうかはさておき、ご丁寧にも脱出方法は看板に表記してある。
 それが本当ならここは『キザな口説き文句で相手をドン引きさせないと出られない部屋』らしい。
 プリンセス連中に囲まれてるRSAの連中ならば否が応でも身に付くスキルだが、全寮制の男子校であるNRCの生徒にそれを求めるのはあまりにも酷だ。この部屋を用意した奴はとんでもなく性格が悪いに違いない。
 ただエースはわりと楽観視できていた。自分だけ閉じ込められたなら外からの助けを待つしかなかったが、運が良いのか悪いのか隣には監督生がいる。密かに想いを寄せている相手というのには少なからず思うところはあるけれども。
 そしてエースは歳の離れた兄の影響でよく映画を見る方だった。アクション・ホラーを好む傾向にあるが、恋愛が主体の作品だって相手が望めば付き合った。そうでなくとも恋愛要素は映画の花だ、どんなジャンルでも多少なりとも含まれている。
 つまりエースの記憶の中には架空世界のラブシーンがいくつも含まれている訳で。そしてフィクションだからこそ言える歯が浮くような台詞もそこに入っている訳だ。
 おかげで万が一失敗しても何度でもやり直せる自信が彼にはある。好きな相手と二人きりというシチュエーションはたいへん美味しいが、こんな術者が見てるかもしれない悪趣味な状況からはさっさとおさらばしたい。
 しばらく思案してエースは(こないだ見たアレでいっか)とあるシーンを頭に浮かべる。その為の小道具もポケットの中に入っていたし、何より一緒にそれを見ていた監督生が「えっ、うざ……」とぼやいていたので確実だろうなと。

「監督生、頭にゴミ付いてる」
「えっ、どこ?」
「あーそっちじゃない、ほら取ってやるからこっち来て」

 自分の言葉を疑いもせず近づいてきた彼女。左側の髪を梳くように手を通して、そちらへ気を取られてる隙に、彼女のズボンの右ポケットにカードを忍ばせる。オレだから良いものの、男相手にこんな無防備に髪を触らせんなよ。
 手品における基本中の基本のテクニック、だからこそ今まで飽き飽きするほど繰り返してきた。なのにバレるかもという緊張とはまた異なるドキドキに少し手元が狂いそうになった。そんな動揺、絶対見せてやんねーけど。

「ん、取れた」
「ありがとう、エース」

 ありもしないゴミを床へと放り投げる素振りを見せれば、彼女は笑顔を見せてくる。それだけ信頼されてるという事なんだろうけれど、男としては、特に想いを寄せている立場としては複雑だ。

「ところで話は変わるんだけど、お前って悪い奴だよな」

 もやもやしつつもエースは次の段階へと話を進めることにした。
 頭に描いた例のシーンを台詞と動作にトレースするようにして、あの気取ったマジシャン役を現実で再演してみせる。それが我ながらあまりにも堂に入っているものだから自分ってば男優向いてるんじゃね?なんて調子に乗りたくもなる。
 当然のことながら監督生は首を傾げていた。あの映画のワンシーンだとは思ってもいないらしい。トントンと仕込んだタネを示す仕草をすれば、不思議そうな顔をしつつも監督生はポケットを調べて、それに気付いた彼女が目を丸くする。

「オレのハート盗んでるんだから」

 取り出したハートのAを眺める彼女へ、エースはキザったい笑みを浮かべながら決め台詞を言い遂げた。
 我ながら名演じゃんと機嫌良く鼻を鳴らしながらエースは解錠の音を待つ。
 だが望んだそれは一向に聞こえてこない。あれ?と思いながらエースは彼女の様子を窺って絶句した。
 映画の中の女優は余裕げに「盗まれる方が悪いのよ」なんて皮肉げに唇を開いていた。けれど目の前の彼女はカードを手にしたまま、ただただ真っ赤になっていて。
 え、何その反応。お前あの時ねえわって顔してたじゃん。なのになんで。監督生の明らかな動揺に釣られて、エースもまた思考を予想外の方向へと乱される。

「え、エースが言うと、似合うなあって……そ、の、普通にかっこよかった、から。きゅん、ってしちゃった」

 言わなきゃ誤魔化せただろうに、変に素直な彼女はおそらく抱いた感想をそのまま口にする。そして、へにゃと力なく笑う彼女に、エースは自分の中でドスッと何かが刺さる音を聞いた。
 ——これどう見ても脈あるじゃん。嬉しい、かわいい、死ぬほど恥ずかしい、今のエースは色んな感情でぐちゃぐちゃになっていた。

「これ、こないだ見た映画の台詞だよね……」
「……そうだよ。お前が散々こき下ろしてたやつ」

 それでもエースは何とか失敗した時用に考えていた第二陣、第三陣を思い出そうとする。早くここから出たい、それで一刻も早くちゃんと自分の言葉で言い直したかった。なのに、スッと監督生が手をあげて。

「ご、ごめん、しばらく、出れない。エースが言ってくれたら、私、たぶん、なんでも……ときめいちゃう、から」

 頑張って考えるからちょっと待って、と監督生は赤い顔のまま、うーんうーんと唸り悩み始める。
 それにエースがどんな顔をしているかも知らずに。思い出しかけていたキラーフレーズは遙か彼方に弾け飛んだまま帰ってきてくれそうもない。
 思わずしゃがみ込んだエースは顔を隠す。そんな彼の真っ赤な耳にも、すっかり火照ったうなじにも、脱出するための台詞を考えるのに夢中で監督生は気付かない。

「お前、オレのこと大好きかよ……」

 今まで聞いてきたどんな殺し文句よりも強烈なそれに、エースは憎まれ口を一つ叩くのが精一杯だった。

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