二つの椅子の間に落としてくれ 05

「えっ、くん。それ本気で言ってるんですか?」

 卒業式の後、盛り上がる同級生達に誰にも告げずこっそり会場から抜け出して、私は学園長の元に訪れていた。
 自分から吹っかけといて何言ってんだコイツ。私のそんな冷えた眼差しに気付いたのだろう、ごほんごほんとわざとらしく学園長は咳払いをしていた。

「そうは言われても貴方、その……」
「学園長が提示した条件は守り抜きましたよ」
「……貴方、トラッポラくんとスペードくんとお付き合いしてますよね、かなり長い間。しかも結婚の約束してましたよね?」
「前戯だけ……あれ、前戯でカウントしていいのかな……? まあとにかく最後まではせずに終わらせてもらってたんで」
「女性が前戯とか言わないでください!」

 そう若くないだろうに生娘のような、あるいは思春期の女子生徒みたいな態度を取る学園長にイラッとする。いい年した大人がカマトトぶらないでほしい。単純に腹立たしいだけだから。
 ああだめだ、怒るだけ相手の思うつぼ。学園長のペースに飲み込まれないよう、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。そしてもう一度、それを私は口にした。

「とにかく条件は満たしてます、だから——私を元の世界に帰して下さい」

 二人と付き合い始める少し前のことだ。私はグリムと共に学園長に呼び出され、元の世界に戻る方法が見つかったことを告げられた。こっちに転移された時間軸へいつでも帰れるとのことだったので、少なくとも卒業するまでは残ることを決めた後、学園長は言ったのだ。

『帰る意志があるなら処女のまま、私の元へ来て下さい』

 この時点の私は正直帰るつもりなんてなかった。まだ二人とは友達だったし、何より元の世界に戻って待っている結末があんまりにもアレだったから。
 でも私は二人と付き合ってしまったから考えなおしたのだ。もし処女を失わなければ内緒で帰ろうと。

くん、元の世界に未練があるのですか?」
「元の世界にはないですよ、たぶん戻ったら死ぬだけなんで」
「はい?」
「……私、ここに来る直前、母の恋人に強姦されそうになったから抵抗したんです。そしたらぶん殴られて頭ぶつけたところで意識途絶えてるんですよね」

 二人には私の過去とか元の世界についておおよそ話したけれど、さすがにこればっかりは言えなかった。私達の年代にはいくらなんでもショッキングだよなあって。
 元の世界の私は打ち所悪かったから死んでるか、あるいは状況的に生きていたとしても犯されることは免れないなと。例え殺されなかったとしても、私はきっと耐えきれなくて自ら命を絶つことだろう。強姦は魂の殺人なんて表すくらいなのだ、私が考えている何倍もの苦痛を味わうに違いない。
 それでも私は消えないといけない。この夢の国には残れない、この世界じゃ私は何も持っていないのだから。

「それ聞いて私が帰すと思います? わざわざかわいい生徒を死地にやれと?」
「だったらここでも元の世界でもない所へ飛ばしてください」
「……どうしてツイステッドワンダーランドに残りたくないのですか?」

 ここまでは予測通りだ。たぶん学園長に嘘は通用しないだろう。だから私は馬鹿正直に告げた。
 もし話を聞いた上で元の世界に戻してくれるならそれでいい。そうじゃなかったら別の世界へ渡れるよう交渉するつもりだったのだ。それが無理ならせめて遠い土地へと逃がしてもらう。私の手札はその三択限り、できれば最後の一つだけは避けたいところだけども。

「結婚って一種の契約じゃないですか。恋人関係と違って当人同士で済む話じゃなくて、将来の事とか、彼らの親御さんとか、子供についてとか考えなくちゃいけない。でも私じゃ二人に釣り合わないんですよ」

 泣き落としとかそんなつもりはない。安い涙をしょっちゅう流してるこの人にそんなの通用しない、それに未来のヴィランを束ねるトップを務める男が冷酷なわけがないのだから。
 だから私が今泣いてるのは計算なんて一切無い。ただ感情に従ってしまっただけのものだ。

「約束したって私、戸籍ないから結婚できないし働けない。こんな二股女が一人息子の嫁とかデュースのお母さん可哀想だし、私が産んだせいで魔力のない子供になったりしたら。好きだけじゃ人は生きていけないんです。私は二人の好きに見合うだけのものを返せない。だったら他の、私なんかよりもっと素敵な女の子と結ばれた方が良いに決まってるじゃないですか。それに私みたいな欲張りは最後は全部失うって決まってるんですよ」

 ずっと溜め込んでいた不安は支離滅裂な状態で溢れていく。まだまだ残ってるけれど、あとは言葉にならなかった。
 ぐずぐずと泣きわめく私に学園長はハンカチを渡す。八つ当たりされてるのに気遣ってくれるのか。学園長って何かと胡散臭い人だけど、たまにこういう紳士なとこあるから嫌いになれないんだよな。
 ありがたく頂戴して目の周りを拭う。そんな心配そうな視線向けなくたって鼻はかみませんよ。ずず、と鼻をすすりながらそんなことを思う。

「まずですね」
「はい」
くん、戸籍持ってますよ」
「は?」
「君たちがお付き合い始めて半年ぐらい経った頃にですね、二人からオネガイされまして取得しました」

 いやーあの国には伝手がなくて大変だったんですよ!とあっさり告げられて、私はもう一度「は?」と今度はキレ気味に凄んでいた。自分でも人生の中で一番凶悪な面をしている自信がちょっとあったんだけど、そのせいか学園長は目に見えてビクッとしていた。

「なんで言ってくれなかったんですか?」
「てっきり二人から聞いているものだと……」

 さっきうっかり聞き流してしまったが、そういえば二人って……話から推測するにおそらくエースとデュースなんだろうけど、それにしたってこのめんどくさがりを動かすってどんな弱味握ったんだ?
 というかそれならなんで学園長、私の進路について何も聞いてこなかったの?私を元の世界に帰すつもりだからじゃなかったの?私の訝しげな目に耐えかねてか、弁解するがごとく学園長は話を続ける。

「今の君は極東の少数民族という事になっています。おそらく君が元いた世界と文化が近く、それでいてあまり知られていない民族ですのでボロも出にくいでしょう」
「……私、元いた世界の話、学園長にしたことありましたっけ?」
「いえ、ただこれは二人からの指定ですよ。あとですね、この民族は一妻多夫制なんですよ。ちなみに結婚相手が他の国の者でも妻側の法が優先的に適用されます」

 なんでもアーシェングロットくんや仲の良いお友達からヒントを頂いてずっと探していたようで……と学園長が付け加える。
 その言葉で過去に抱いたとある疑問が明らかになる。チョウチンアンコウ・ミツバチ・タマシギ、そうだ、あの動物達一妻多夫制じゃん! そんなんわかるかッ! むしろ二人はよくそれでわかったな?!
 思わず頭を抱えた。私はてっきりこの世界も一夫一妻制なのだと決めつけていた。でもよくよく考えたらカリム先輩のところが一夫多妻制だったじゃん。そりゃ逆だってありえるよね!
 そういえば一時期やたら極東の文化について調べてるなーとは思ってたけど、あれえっちなことじゃなかったのか……。いや絶対あの時期のプレイ内容からして、えっちなことも調べてたんだろうけど。ひとまずさりげなくエリートっぷり見せつけるの止めてほしい。
 というか、じゃあ……つまり、私が悩みに悩んでいた問題って殆ど数年前から既に解決してたってこと?いやでもまだあの件が。

「それから子供についてですが」
「……なんですか?」

 よりにもよって最後のよりどころにぶっ込まれて私は咄嗟に身構える。頼むから悪い知らせであってくれ!
 だが私の願いはあっけなく崩される結果となった。

くんのように魔力が無い人間って極めて稀にしか存在しないんですけども、彼らの子供は決まって強い魔力を持って生まれるんですよ。確か、えーっと……」

 しばらく考えた後、学園長は教科書に出てきた数人の偉人達の名前をあげた。そして「彼らの親がくんと同じ体質です」と。
 あいにくテスト勉強の時、必死になって覚えていたのがまだ頭に残っていて、私は顔を覆った。覚えていなければまだそんな人いましたっけってとぼけて傷が浅く済んだだろうに。なんで忘れなかったんだ、私。

「今まで君の身の安全を考えて黙っていましたが……というわけですので、当初の予定通りお二人と籍入れて、たっくさん男の子を産んでもらえると助かります! 優秀な魔法士は何人でも輩出したいので!」
「学園長デリカシーないってよく言われるでしょ、言われますよね。セクハラとマタハラで出るとこ出てやりましょうか、今の私は戸籍持ってるらしいですしね!」
「辛辣!!」

 一息で撚り合わせた罵声と脅迫を学園長にぶつける。それに学園長はしくしくとか泣き真似しているが、シンプルに殺意しか湧かない。
 悩みが解決したはずなのになんなんだ、この釈然としない感じ。というか本当にどうしよう、最初とは別の意味で二人に顔向けできない。見当違いにもほどがある。三択どころじゃなくなったんだけど、私これからどうしたら。

「最後に」

 気付けば私と学園長の立場は逆転していた。もうこっちはライフポイントとっくにゼロだというのに、まだ学園長は私を追い込む予らしい。まさしくオーバーキル、さっきの仕返しなら大人げなさすぎる。

「欲深くて何が悪いのですか。欲しい物は全て手に入れる、それこそがヴィランの神髄。貴方もこの学園の卒業生である以上、ゆめゆめお忘れなきように」

 学園長に気を取られていた私の両肩をぽんと後ろから誰かが叩く。わずかに傾けた視界に見覚えのある指先が映る、反対側も同じく。私を掴む掌にミシミシと力がこもる。だらだらと嫌な汗が体中を滴っていった。

「かーんとっくせい♡」「俺達ともお話しような♡」

 振り向いた先のエースとデュースは青筋を立てながら笑っていて、語尾のハートマークがどうやっても機能していなくて。

 ——あ、これ私死んだわ。

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